005 登城
その夜も、夢を見た。
呆然と歩いている自分に気付き、意識を覚醒させる。
「夢、だよな」
自覚してしまえばこちらのもの、あとは好き勝手にやらせてもらうだけだ。
しかし、全く知らない街並み。
(あまりにも見覚えがない。どこかの田舎だということくらいしか分からないな)
歩みを進めつつ辺りを見回し、少しでも多くの情報を得ようとする。
直感的に、田舎だと感じたのは、高い建物がほとんど無いこと。庭や駐車場が広いこと。建物や道路は、全てが木造なんてことはないが、使われているコンクリートにはヒビや汚れが目立つものが多く、古ぼけて見えるからだ。
(人もほとんどいないな。曇っているせいもあるが、全体的に暗い雰囲気だし)
これまでも、知らない土地に放り出されることは少なくなかった。
だが経験上、その場合は街のディテールが甘い。
車道もなく、主な移動手段がゴンドラだったり、地下鉄の駅に行くためにマンホールを降りて行かなければならなかったりしたこともあった。
そんな現実ではありえないほど非効率で、漫画のような街を楽しむのも好きだったが、今はそんな違和感を一つも見つけられないでいる。
違和感を見つけられない、違和感。
(ここまで細部まで完璧ってことは、俺が忘れているだけで、来たことがあるってことか? 思い出せないが)
整備された小さな川沿いに歩いて行く。
川の向こう側は、木がその先を隠すかのように生い茂っていて、その先に何があるのかは分からない。
数十メートル先で、小川が右にほぼ直角に曲がっているのが見える。
その先に行けば、多少は違った景色になるのだろうかと進んで行く。
そろそろ曲がり角というところで、右側を見ると、こちらに歩いてくる人影が見えた。
「おいおい、大好きかよ、俺。いい加減にしてくれ」
その人物に聞こえないよう、小さく独り言をこぼす。
気付かなかったふりをして方向転換しようかとも思ったが、それも意識していることを認めるようで癪だった。
何事も無いよう意識して、普段の自分を演じ、その人物と対峙する。
「うわー、やっぱり相馬だ! 何でここにいるの!」
「別にー?なんかー、散歩っていうかー? 須藤こそどうしたんー。暇なら遊び行くー?」
普段の自分はどこへ行ったのやら、中途半端にチャラついた痛い男みたいになってしまった。
おまけに、気まずさを紛らわすよう指で毛先を弄んでしまい、もう片方の手はズボンのポケットに突っ込んで、ナルシスト極まりないポーズになってしまった。
(失敗したぁぁ! なんだこの感じ! 大学デビューの勘違いナンパ男かよ! ええい、とりあえず場を繋げぇぇ!)
「須藤はここがどこか、知ってんのー?」
「ふへっ、何その感じ。ここは私の地元だよ」
「え?」
「私の地元。私たちの会社のあるところからだと、車で3時間くらい?」
「え? なんで俺、ここにいるの?」
「知るわけないじゃん! 記憶喪失? ははっ」
思わぬ衝撃にチャラ男キャラを脱却できたのはいいが、今はそれどころではない。
須藤は須藤で、なんとなくぎこちない気もするが、とにかく思わぬ情報から、一度も来たことが無い街だということは確定した。
(しかし、こんな続け様にこいつを夢に登場させてしまった。やはり好きなのか!? しかも今度は地元にまで押しかけて。 夢だからいいってもんじゃないぞ、ドリームストーカー野郎)
「どうしたの?」
「い、いや、なんでも。ところで、この川ってどこに続いてんの?」
「これ、川じゃないよ。お堀だよ」
「ホリ?」
「お堀。お城のね」
「あー! なるほど!」
言われて、自分が向かっていた曲がり角の先を見ると、確かに石垣の土台に木造の門が見えた。
遠目に見ても、古い木造の門は、外敵を阻むために大きく、分厚く、依然として荘厳な佇まいをしていた。
「かっこい〜。俺、城とか結構好きなんだよね」
「じゃあ、行ってみようか。敷地内はかなり広いけど、お城は小さいからさ、案内してあげるよ」
「ありがと。踏んづけたら大変だもんな」
「ふひっ、そこまで小さくないから」
二人並んで門をくぐり、ゆるやかな坂道を登り本丸を目指す。
歴史好きな相馬は旅行気分で、機嫌良く様々なものに目を奪われた。
石垣の造り。火縄を敵に向け突き出すための壁の穴。見張りの櫓。どれも詳しくはないが、当時の使われ方を想像しては心が躍った。
舗装された道を外れ、端の砂利が敷いてある部分を歩いて足を取られて転んだが、それも笑って済ませられるほど気分が良い。
「なんか意外だね。相馬ってこういうの好きだったんだ。いつも濁った目して仕事してるのが嘘みたい」
「男だからな、やっぱりこういうのはーって、濁ってねえよ!」
「ふはっ、キレいいじゃん。そのテンションで仕事もできればねえ?」
「おいやめろ、また濁るぞ」
数年来の親友のように肩を並べて歩く。
自然体で冗談を交えながら、目的地まで会話が途切れることは無かった。
一番高い本丸にある城は、聞きしに勝る小ささで、はじめは城だとは気付かなかった。
驚く相馬の顔を見て、須藤は満足そうにニヤニヤ笑っている。
(夢の中でも、思い出ってできるもんなんだな)
横を見ると、同じように景色に目を奪われる須藤がいる。
その表情は柔らかく、景色以上に目を奪われた。




