042 密偵
「死・・・」
「はい。言ってしまえば、西岡に、いえ我々に、殺されています」
揃って絶句する。
西岡の人を人とも思わぬ横暴さに、考えた事がないわけではなかったが『まさかそこまでは』という思いもあった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
突然、真壁はテーブルに額を擦り付けるように頭を下げる。
「お前もやったのか?」
「いえ、まさか!・・・いや、やったということになるかも知れません・・・うっ」
吐きそうになり口を両手で塞ぐ真壁、瞳からは涙が溢れている。
心配そうにハンカチを渡す凛。
その様子から目を離し、須藤と目を合わせると真剣な顔で頷いた。
「ねえ透くん、でいいかな。透くんの話を信じるからさ、辛いとは思うけど詳しく聞いてもいい?私達が助けられる事があるかも知れない」
「あ、ありがとうございます!」
再びテーブルに額を擦り付ける。
真壁から語られたのは、西岡のチームが行って来た凶行とも言える行為。
この世界の新参者や、独りでいる者を狙い、その不安に付け入っては家族として迎える。そして強いる隷属契約。
仕事はこの世界と、現実との怪我の連続性の確認。
既存メンバーとの戦闘訓練。
能力発見のためとして、高所からの飛び降りや体の強度実験。
薬品を使っての睡眠、覚醒の強要。
コートの男への特攻。
「さすがに直接手を下した事はありません。でも社長の言う『訓練』の中で何人も・・・!僕もっ、監視役として加担してしまった!ああぁ!」
語り終わるや否や、耐えきれなくなり咽び泣く。
想像以上の内容に、慰めの言葉も浮かばない。
西岡のこの世界の知識は、犠牲の上にあった。
「虫唾が走るな。ありがとう玲奈、さっきあいつと決別できたのは間違い無かった」
「そう、みたいだね」
「あの人達に従ってたら、私達も・・・」
「透、とりあえず俺もお前を信じるよ」
顔を上げ、泣き腫らした目をしたまま「ありがとうございます」と言うと、再び頭を下げた。
ここまで曝け出し、西岡の恐ろしさを実際に見て、知っている者が、裏切りの危険を冒してまで接近して来た。
さすがに信じても良いだろう。
「協力するなら、お前の事も知っておきたい。監視が能力ってことか?」
「はい。僕の能力・・・ってほどのもんでも無いですけどね。存在を薄くできるんです。昔から怖い怪物に追われ、隠れる夢を見て来たのでその名残かなと。息を殺してると、気付かれにくくなります。極端に影が薄くなる感じです。でも僕がその場にいるって知覚してる人には効きにくいです」
(なるほど。顔も知らない人間からすると、どうやっても気付けないってわけだ)
この世界に落ちて来て、その能力にすぐ気付いたらしい。
一人で不安ながらも、何とかやりすごして過ごす日々。
ある日、長谷川に声を掛けられて、この世界の事を聞いた。
そこで自分の事を明かすと、すぐに会社に招き入れられたのだと。
「でもそこから地獄のようでした。下っ端で、大した能力でも無いのでパシリ同然です。それだけならいいけど、命じられる仕事は監視。新人が忠実に命令を遂行しているか、社長の陰口を言わないかを見るんです。僕の報告のせいで、社長に大怪我させられた人もいます・・・」
「ありがとう透くん。辛い事話させたね」
「いえ、そんなこと・・・僕は加害者側ですから」
須藤が続けて何か言おうとしたが、先に口を挟む。
「なぁ透。加害者だと言うならなんで『助けて』なんて言ったんだ」
「翔太、あんたまたっ!」
「玲奈、大丈夫だから信じて」
目を合わせると、歯痒そうにしていたが、とりあえず引き下がってくれた。信じてくれたのだろう。
「透。お前が助けるんだ」
「僕が、たすける?誰を?」
「俺達を、これからまた出るかも知れない被害者を、そして助けられなかった人達の無念をだ」
「・・・・・!」
「落ち込んでいても、ビビっていても、あいつらがいる限りは気分は落ちるだけだ」
「僕にできますか?」
「できるさ。俺がいる。玲奈も、凛ちゃんもいる。さっきの折れないこいつらを見たろ?意外と強いんだ」
「はい・・・はい!僕にもやらせてください!後悔を、この先の人達を、あなた達を救いたいです!」
真壁の瞳に決意が宿るのを感じた。
涙を拭き、多少はマシな面構えになったようだ。
一人ずつ握手を交わし、決意を共にする。
握手を終えた須藤が、ちらりと横目で見てくるのと視線がぶつかる。
(これまた後で怒られるやつかな、やだなぁ)
「これでこちらも4人になりましたね。しかも二重スパイなんて、ようやく少しだけ優位になれましたね〜」
「確かにな。そうだ透、タマキさんの能力って?」
「すみません、僕にも分かりません。社長は怪力。シュウ君はケンカで、ハヤトくんは任意の場所に起きられるんですがー、タマキさんだけは知らないんです」
「能力が無いってことかなぁ」
(あの選民思想強そうな西岡が、能力のない人間を右腕にするか?)
「でもめちゃくちゃ有能な人で、新人を見つけるのも上手いですし、作戦を立てたり、実際に手配して動くのはあの人中心なんで、それだけでも重宝される理由になるかなーと。現実の会社でも、経理を始めとして、あらゆる仕事はあの人を通しますし」
「現実でも、あの会社の社員なんですね?」
「ああ、僕は先に夢で会って、その後ほぼ強引に転職する形で入れられたんだけど」
「透ってホームページに写真載ってたっけ?」
「あれは僕が入る前の写真なので」
「なるほど・・・」
家族だ何だと言いながらも、密偵をやらせている真壁の顔は集合写真に晒さない周到さ。ただの筋肉バカであって欲しいが、やはり侮れない。
もしくは長谷川の采配だろうか。
「あ、噂をすればタマキさんからメッセージ来ました。そろそろ戻った方がいいかもです」
真壁に『今戻っている最中です。収穫ありません』と返信してもらい、オフィスに向かう事にした。
結局コートの男を探すより、真壁と話す時間の方が長かった。しかもコーヒーまで飲んで。
「この感じは学生時代に授業をサボって以来だな」なんて話をしたら、須藤と凛には理解されなかった。真壁だけは理解してくれた。うまくやっていけるかも知れない。




