039 試合形式
連れて来られたのは、オフィスが入ったマンションの屋上。
無骨なコンクリート造りだが広さは十分にあり、サッカーは無理でも、バスケットくらいは余裕でできるだろう。
「まずは常識を書き換えない事には、いつまで経っても現実と同じスからねー」
伊藤は屈伸や伸脚をして体をほぐしながら、聞いてもいない自分の経歴を語り始めた。
「オレ、地元では負けなしのキックボクサーだったんスよねー。そのせいか夢の中でも戦ってばっかで。夢の中って思い通りに体動くし、威力も倍増!現実ではケンカで引退に追い込まれたんスけどね、ははっ」
「一応聞くけどここで何を?」
「ん、もちろんスパーっスよ。可愛い二人にオレらの動きを見せて、常識を覆してやるんスよ。そうしたら何かしらの能力が出てくるも知れないス」
(無理のある理由だな。西岡に力を量るように言われたか)
「俺強く無いぞ。あの大男に負けているしな」
「はっ、あんなバケモンと比べちゃダメっスよー!あれとやり合えるのは社長くらい!」
須藤と凛の方を見ると、二人共心配そうにこちらを見ている。横に立つ張本は見張り役だろうか。西岡や伊藤に比べると細身ではあるが、凛を捕らえた時の動きを見るに十分に戦えるのだろう。
「相馬!前!」
「っ!!」
間一髪、身を捩って飛んできた拳を躱わす。
が、すぐに次の拳が迫って来る。顔を狙った一撃をとっさに肩で受ける。
「ぉお〜、見た目の割に結構やる人っスか?」
答えずに構えをとる。肩は痛いが問題ない。
左足を前に、右足はやや開いて後ろに。体を半身に開き、左の拳を相手に向け、右の拳を自分の顎の横に。
「なんかやってた人っスね?久々に楽しそうっス!ね!」
鋭い速さで接近し、無駄の無い軌道で弧を描く蹴り。
頭を狙ってきたそれを手で受け止めるが、見た目のコンパクトさの割に重く、大きく上体を仰け反らせる。
「っ!」
思い切り地面を踏んで距離を取る。伊藤は一気に数メートル離れた相手に追撃できず、悠長に歩いて距離を詰めて行く。
「ショータくーん。もっとバカスカやり合いましょうよ!どうせここでの怪我なんてすぐ治るんスから」
「痛えもんは痛えだろ・・・」
再び構えをとる。今度は先程よりも大きく脚を開き、右の拳を自身の体の横へ。
ある程度距離を詰め、間合いに入るや否や拳を振りかぶって襲いかかって来る伊藤。
そこに合わせ、一瞬で右足から腰、肩を通って右の拳に力を乗せ突き出す。
拳は伊藤の胸を捉え、鈍い音と共に吹き飛ばした。
「おい、シュウ!!」
「相馬さん、すご・・・」
伊藤は倒れているが、手足をもぞもぞと動かして立ち上がろうとしている。
今のうちにトドメを刺してしまおうかと思ったが、今の立場を考えると、やるべきではないだろう。
「すまん、大丈夫か?」
「へっ、同情されたんじゃ女の子の前でカッコつかないじゃないスか・・・」
ゆっくりと立ち上がり、静かに睨みつけて来る。
さっきまでは構えという構えもなく、力任せの攻撃をしていたが、今は両手を顎の前に置き、相馬に向けている。
「いくっスよ」
静かに言う。タン、タンと音がして、二歩であっという間に距離を詰めて来た。その勢いのまま殴りつける。
今度は相馬が吹っ飛ぶ番だった。
ガードはしたが威力は十分にある。
地面に片膝を付いたところに追撃、両手でガードをして踏ん張り、飛ばされる事は無かった。
だが、ガードの隙間から、さらに蹴りが迫って来ていたのが見えた。
守りを解く事ができず、そのままの体制で何発ももらう事になってしまう。
「おらおらおらおらぁっ!!」
全く休む事なく繰り出される蓮撃。
一発の威力はあのコートの大男に比べるまでもないが、それでも直に喰らえばそれなりにダメージはある。ガードは崩せない。
「おらおらっ!かかって来いやぁっ!」
伊藤のテンションは最高潮。蹴りを使うという手もあるはずだが、わざと相馬のガードに拳をぶつけ、崩しにかかっている。
「おい、もうやめろシュウ!」
「今っ、いいところなんスから!」
「女の子が引いてるぞ!」
ピタリと止む攻撃。腕をだらりとだらしなく下げ、目を見開いて張本の方を見ている。
「え、オレ今カッコよくなかったっスか?」
「乱暴な男の人は、怖いです・・・」
凛の言葉に今度は伊藤が膝を付く。相馬は何もしていない。
立ち上がって腕をさする。かなり痛いが折れてはいないだろう。
近くに須藤が寄って来た。
「大丈夫?ってか手加減してた?」
「いや手加減って程では。普通にボコられてたろ、慰めなさいよ」
「え、またハグして欲しかった?」
「おまえっ!ちょ!そういう事じゃ!!」
周りに聞こえないよう顔を寄せて、耳元に強烈な一言。
焦る姿を見て、心底おもしろそうに笑う須藤。
その様子を遠巻きに、不思議そうに眺める凛と張本。
その時、スマホの着信音が鳴った。音の主は張本のポケットから取り出される。
「はい。たった今終わりました。戻ります」
西岡からの電話だろう。同じ建物にいるというのに、言葉ひとつで人を行ったり来たりさせて傲慢なやつだ。
「お前ら、行くぞ」
来た時とは逆の順番で、張本の背中を追って部屋に戻った。




