038 世界の法則
夢の中で合流し、三人揃ってセンスの悪いロゴが付いたドアの前に立つ。夕日が眩しい時間帯。言われた通りスーツを着て来た。
インターホンを鳴らして名乗ると、返事は返って来なかったが、ドアの向こうから金属音がして鍵が開いた。
開いたドアの向こうにいた長谷川に促されるまま、入室する。
「ありがとうございます。タマキ・・・さん」
凛が生真面目に感謝を述べるも、頷くだけで返事は無い。
オフィスという名のリビングへの扉を開くと、社長含め他のニ人はもう着座していた。長谷川も社長席に一番近い席に座る。
壁際に昨日の椅子が三つ並んでいる。どうやらこれが自分達の定位置になるらしい。何も言われていないが黙って椅子に座る。
「おはよう。レナ君、ショータ君、リン君。さて、まずはミーティングだ。お互いの情報を擦り合わせん事には、この先家族として連携が取れないからな。何か知りたい事はあるかね?」
意外にも先に質問の権利をもらった。
強者としての驕りなのかも知れないし、懐柔するための手段なのかも知れない。
決して、優しさや懐の深さだと思わないよう自分の心を戒める。
聞きたいことは多いが、聞き方を間違えて、はぐらかされては意味がない。
考えているうちに隣の須藤から手が挙がる。
「あの、にし・・・社長達はいつからこちらの世界に?」
「半年前と少し前だな。他には?」
質問は許されたが、あまりに短い答え。余計な情報は与えたく無いらしい。
やはりチームのトップとしての余裕を見せつけ、話し合い、理解し合えると錯覚させるため、最後には家族になるための通過儀礼ということか。
(やり方がセコいんだよな・・・)
「じゃあ私からも。先日ハヤトさんがやった突然現れるあれは、ここのオフィスにいる全員できるんですか?」
「うーむ、そう来たか。良い質問だな」
当の本人、張本隼人が口を挟む。
「社長、さすがにまだそういうのは」
「いや!家族なのだ、それくらいは話しておこう!ショータ君は人間離れした運動能力が特技だろう?そのように、この世界でのみ使える能力があるのだ。見てみなさい」
そう言うと、西岡は机の中から硬貨を取り出して破り捨てた。
金属を、いとも簡単に紙同然に二つに裂いたのだ。
手から離し、デスクの上に固い音を立てて落ちた。
西岡だけでなく、取り巻き達も得意げな表情をしている。
「準備が足らず、こんな手品めいた芸で申し訳ない。外で車をこのコインと同じようにして見せても良かったのだが、時間が惜しい。ははは!」
「・・・・・!」
「そんなに驚く事でもあるまい?ここはそういう世界、夢なのだ。私が出来ると思ったなら、できる」
「私も、ですか?」
恐る恐る凛が尋ねると、小さく唸り、腕を組んで考え込んでしまった。
代わりに口を開いたのは長谷川。
「私から説明を。社長は『思ったなら』と仰いましたが、念じるだけでできるわけではありません。念じる、信じるというものでは無いのです。自分の腕を動かすかのように、意識せずとも自然とできる。元々備わっているものです。才能と言ってもいいかも知れません。まぁ自覚の有無の問題で、後からできるようになる事もありましたが、それも目覚めただけで、本来備わっていたものでしょうし。なので、貴女がいくらできると思い込もうとしても、社長のような力は授かりませんよ」
すらすらと長文を喋る。丁寧ではあるが、抑揚もなく、冷たい印象を受ける。
「それだよ!ありがとうタマキ君!やはりいつも頼りになる」
褒められて、ほんの少しだが照れた様子で眼鏡の位置を直す。この女にも感情はあるらしい。
しかしそれどころではない。やはり質問に対する求められた答えでは無かったが、とんでも無い事を聞いた。
知りたかった、この世界の法則のひとつであろう事実。
「これくらいは気付いていたかと思っていたのだがな。じゃあ授業を続けてやろう。仕事中に変な思い込みで失敗されてはかなわん。それにその様子では、自分の得意も分からんのだろ?タマキ君、補足してやってくれ」
「はい。あえて『能力』という呼び方にさせてもらいますが、先程言ったように、平等にその力が手に入らない事には理由があります。『感覚』が無いからです。ショータ氏のように駆ける感覚、社長のように壊す感覚。もちろん現実では、あれ程の事はできないでしょうけど、力さえ備わっていれば実現できるという確信を持つ事が必須です。『できるわけがない』『本当にできるのか』と疑問がある者には辿り着けない領域です」
「だから相馬はあの時、私達もできるって勘違いを・・・?当たり前のことすぎて・・・」
須藤が目を見開いて、隣にいる相馬の横顔を見る。
相馬に反応は無いが、質問も反論もせず黙って聞いている。『感覚』というものに身に覚えがあるのだろう。
「ははは!そんな事があったのかね!無理からぬ事だ。我々にとっては常識なのだからな!まあ肉体労働はできる者に任せてくれればいいさ!それとレナ君、家族は名前で呼びたまえ」
最後のセリフだけはやけに冷たく言い放たれた。次は無いぞ、という警告だろう。
全員の顔を見ていくと、どの顔も自信に満ち溢れている。西岡の話を自分の事のように、誇らしげに。
(ここの全員何かしらの能力があるってことか)
「はいはーい!オレも発表していい!?」
「やめろ、聞いてない。シュウは女がいるとすぐ調子に乗る癖を直せ」
「はぁー?ハヤトみてえにスカしてモテると思ってるやつより良くないかー!?」
先日に続き小競り合いを始める二人。いつもこうなのだろう。
こうしていると大した脅威には見えないが、油断はできない。張本が凛の首に手をかけた時、とてもただの脅しには見えなかった。こいつらは西岡がやれと言ったら、何でもやる。
「おいおい、静かにしないかお前ら。さて、こちらからも質問するぞ。君達の能力は?」
「俺は公園でお前らが見た通りー、です」
「私はありません」
「私も、今のところは何もー・・・」
須藤のポーカーフェイスは見事だった。凛も表情を崩さずに続けて答える事で、自然な流れにしてくれた。
張本に比べると精度が低いとはいえ、こちらの数少ない強みを開示してやる必要は無い。
「うーむ、そうか。残念だが仕方がない、これから見つけていこう」
「何も能力無くても顔の良さでチャラっスよー!テンションあがるー!」
「はっはっは!それは言えてるな!しかし全力になってくれるに越した事は無い。君達、この三人を屋上に連れて行って見極めて来てくれ」
「了解っスー!さ、こっちついてきなお前ら」
そう言うと早々と玄関に行き、座って靴紐を結び出す。
その後をついて行く相馬、須藤、凛、そして最後尾に張本。
「健闘を祈るよ」
部屋を出る間際、部屋の奥からそんな声が聞こえた。




