036 家族になれよ
西岡のオフィスは、相馬達の会社からそう遠くは無かった。
しかし、どちらかと言うと住宅地にあり、会社や店は少なく、近辺には用もないので土地勘は無いに等しい。
そんな住宅地のマンションの一室が、西岡達のオフィスだった。
ドアに貼られた部屋番号のプレートの下に、会社名が貼ってある。よく分からない妙に飾ったフォントのアルファベットを見て、センスの悪さを感じた。
部屋に通されると、広いリビングにはスチールのデスクが四つ並び、島になっている。奥にある一際目を引く大きな木製のデスクが社長席なのだろう。
間取りは恐らく3LDKか4LDKといったところか。
整頓されていて、コピー機やパソコンもあり、仕事場には違いないが妙に生活感がある。
相馬はいつかテレビで見た、漫画家の仕事場を思い出していた。
長谷川と伊藤が隣の部屋から、折り畳みの椅子を運んできた。
西岡に促されるまま、固い椅子に腰を下ろす。縛られたりはしなかったが、出入り口を塞ぐように黒ずくめの男が立っていた。
「さて、改めてようこそ我が社へ。レナ君、ショータ君、リン君、達を歓迎する」
「うぇー」
隣の須藤から小さく声がした。確かに突然名前で呼ばれ、驚きよりも寒気がした。
仕事で関係があった相馬と須藤はともかくとして、まだ名乗ってもいない、他人が呼んでいるのを聞いて知ったであろう人質にした女性の名前を、気安く呼ぶ神経はどうかしている。
そして改めて社員を紹介される。
西岡に付き添っていた軽い男、伊藤修。
突然現れ、人質を取った男、張本隼人。
神経質そうで、冷酷な女、長谷川環。
自慢げに紹介されていく社員達だが、すでに相馬達の中では、全員の好感度は最低。どうでもいいとすら思っていた。
「外ではTPOを弁えた呼び方にするように言ってあるが、我が社は家族のように名前で呼び合うようにしているんだ。だが私のことだけは社長と呼びたまえよ」
「分かりましたよ、西岡さん」
「こいつっ・・・!」
身を乗り出した長谷川を西岡が制止する。
「いい、いい、タマキ君。しかしショータ君、君も大人なのだから身の振り方くらい覚えておきたまえよ」
「しっかし社長、いきなり女の子が二人も入って良い感じっスねー!見事な采配ですわ!」
「社長をお前と同列に語るな。その女共をどうするか決めるのは社長だ。お前のもんじゃないから手を出すなよ」
ペットでも貰ってきたような会話に、やはり寒気がする。
話している内容と、部屋を包む空気が一致していない。この生活感溢れる部屋と、無理矢理詰め込んだようなオフィス用品も一致していない。
何もかもがちぐはぐで、酔ってしまいそうだ。
小競り合いを続ける男二人を無視し、長谷川が口を開く。
「では私から説明いたします。とりあえず、今日のところは連絡先を頂いて解放します。次から、こちらで目覚めたら必ず出社してください。現実時間で、深夜1時までには出社してください。三人のうちいずれか一人でも、来なかった場合は次の朝、現実でそちらの会社にお邪魔いたします」
事務的に、機械のように淡々と説明された内容はやはり、仲間と言えるようなものでは無かった。完全に管理するつもりだ。しかもご丁寧に会社まで来るという。
全部で三人だけの仲間というのも、バレているようだ。
「分かった、それでいいですよ」
「相馬さん、良いんですか?」
凛が心配そうな目で問いかけてくる。須藤は口をへの字にして不満そうだが、何か考えがあるものと信じているのか、特に口は挟まなかった。
「ごめんな凛ちゃん。怖い思いさせたのに、こんな話になっちゃって」
「い、いえ、大丈夫です。私こそすみません」
「でも考えようによってはさ、俺達が望んだ形では無いけど、この世界や、あの大男を早めになんとかするためには、力を合わせた方が良いと思うんだよね」
「な、るほど・・・?」
「ははは!本当に聡明だなぁ君は!その通りだ、望まぬ形でのチーム加入となってしまったのは申し訳なく思う。だが、溢れたミルクは戻らない。こうなったからには力を合わせ、家族一丸となって使命へ当たるのが合理的だ」
満足そうに頷いているのは西岡側のメンバーだけだが、話はなんとかまとまったような空気になっている。
腑に落ちてはいなさそうだが、納得した様子の凛から目線を移し、須藤の様子を見る。
すぐに目が合った。顔は真剣そのものといった感じで、何も言わず、一度だけ瞬きをして再び前を向く。
どうやら先程の言葉は、この場を穏便に済ませるための方便で、本意ではない事は伝わったようだ。
「じゃあ西岡さん。今日はここまでにして、細かい話は明日でいいか?俺が責任を持って二人も連れて来る。困惑しているようだしフォローもしてやりたい」
「・・・ふむ。ショータ君はいまいち掴みどころが無いな。だが分かった、私も急ぎ過ぎてしまったな。明日ゆっくり話すとしよう」
「じゃあ、これで」
警戒を崩さず、それでいて違和感を与えないように、当然のように部屋を出ようとすると、背後から声をかけられる。
「明日はスーツで来たまえよ。それと、今日は見逃したが呼び方は絶対だ。守れないようならそれ相応の対応をしなければならなくなる。もちろん我々に対してだけでなく、君達がお互いを呼び合う時もチェックするからな」
頷き、部屋を後にした。
細かい所を気にする男だ。恐らく自分の決めたルールは絶対なのだ。ルールの内容そのものよりも、それを遵守させる事で支配欲を満たしている。
しばらく無言で歩き続け、暗い住宅地を抜けて、見慣れた駅に続く通りに出ると、一気に緊張の糸が解けた。
「ぷはぁ〜!つっかれたぁ〜!お前ら大丈夫か?」
「疲れた!気持ち悪い!最悪!」
「とんだナルシストでしたねー・・・」
「ちょちょちょ、声がでかいって。まだ油断するなよ」
「相馬さん、本当に彼らと仲良くチームになるんですか?」
「もちろん、あいつらと仲良くする気はない」
凛の質問に間髪入れず答える。
それだけははっきりさせておく必要がある。
西岡のあの性格のことだ。相手のペースに飲み込まれてしまい、きっと自分達ではコントロールできない状況になるだろう。ブレない方針が必要だ。
「だけど現状は従うしかない。反抗しても、またよくわからない能力で潰される可能性があるからな。相手の底が知れないうちは手が出せない」
「確かに、いきなり現れた張本さん?には驚きましたね。玲奈さんもあれできそうですか?」
「ごめん全然自信ない。ある程度の場所はイメージで行けるけど、あんなにピンポイントなうえに、目が覚めてすぐあんな動き・・・」
「そうですよね、そもそも私達がこの世界に来てるかも分からないのに、それにタイミング合わせて眠るなんて」
「それはたぶん・・・いや、起きてからにしよう。学校、仕事終わったら集まれるか?できれば須藤んちがいいな。そして凛ちゃんを泊めてやって欲しい」
「え、平日だよ?私は別に良いけど、大丈夫?」
「大丈夫です!ぉお〜、憧れの玲奈さんのおうち!」
考察が当てはまっているかどうかは分からない。だがついさっき、罠に嵌めてきた相手だ、無策で突っ込むほど愚かではいられない。
「じゃ、また後でな」




