032 西岡雄二
目を開けると会社のデスク。
手にはすでにボールペンを持っていて、何かの書類に向かっている。
記憶を呼び起こすと、駅で見送った須藤の笑顔が真っ先に思い起こされ、なんとなく気恥ずかしかった。
「なるほど、夢か」
(さすがに5時間も寝ると来ちゃうのか・・・あいつらはどうだろう)
スマホに連絡は入っていないし、近くに須藤の姿も見えない。
自分から二人に電話をかけると、コール音はするものの、繋がらなかった。
どうやら二人は成功したのかも知れない。この世界と現実の時間差はよく分からないが、連動しているとしたら来るとしても1時間後。
体の痛みはほとんど感じない。
今すぐにでも走り出せそうだが、遅れて仲間が来る可能性と、大事を取って下手に動き回るのはやめておく事にした。
仕事をする意味も無いので、頭の後ろで手を組み、背もたれに体重をかけ、リラックスして全体をなんとなく眺める。
スーツを着た見慣れた面々ー・・・の中に知らない顔がある。
いや、正確にはどこかで会った気はするのだが、会社の人間では無いはず。
その男は、机の並んだ島から離れて置いてある課長の机の前で、何やら話しこんでいる。
スーツを着た筋肉質な男。顎が大きく特徴的な風貌をしているので、会社にいたら忘れるはずがないように思う。
隣には同じくスーツを着た女性を連れている。メガネをかけ、背筋を伸ばし、髪を後ろで一本で束ねた姿は、見る者に神経質な印象を抱かせる。
歳は二人とも年齢は相馬より少し上だろうか。
目が合うと二人は近付いてきた。しかし相馬は姿勢を変えずその様子を見守る。
「相変わらず態度が良くないな、君は」
「・・・・・!」
既視感に襲われて数秒、記憶が蘇ってきた。
この男は新人だった相馬を叱りつけた取引先の人間。
名前は何だったか、思い出せない。そもそも聞いたこともないのかも知れない。
「西岡雄二だ。君とは名刺交換もしたはずだがね、相馬くん」
言葉を返せずにいる様子を見て、見透かしたように名乗る男。
警戒心を緩めはしないが、下手に動けないと思いそのまま様子を見る。
そんな相馬を気に留めた様子もなく、女性の方も名乗り、名刺を差し出してきた。
「長谷川環と申します」
「あ、どうも。相馬翔太です」
デスクから名刺を出して渡すと、長谷川と名乗った女性は受け取った名刺を見ずに、すぐ名刺入れへと仕舞い込んだ。そして西岡から半歩下がった位置に移動し、体の前で手を重ねて姿勢良く待機。
「相馬君、ここが夢の世界だと理解できているね?」
「・・・・・!」
一瞬だけ動揺し、反応しそうになったが理性で抑え込んだ。
「警戒せんでもいいぞ、適当を言っている訳ではないんだ。先日の公園での騒動に私も居合わせてね。私は人の顔と名前を覚えるのが大の得意で、君の事だって見てすぐ思い出したよ」
「わかりました。隠しても仕方がないようですね。そちらの長谷川さんもですか?」
「そうだ。私達はこの世界が夢だということを知っている。そしてこんな悪夢を早く終わらせたいとも思っている」
「それは・・・俺もです」
「だと思ったとも。公園で大男と戦っていたので、君もこちら側だと判断した」
「こちら側?とは」
「うむ。あの男と敵対している側だ。この現実そのままとも言える世界で、あれだけが異質だろう?私達はあの男が何か鍵を握っていると思うのだ。話をじっくり聞いていみたいものだが、あれは私達と話し合う気はないどころか、襲いかかってくるのだ。実際犠牲者も出てしまっている。許されざることだ」
「あいつはなぜ襲ってくるのですか?」
「それは分からない。しかし我々のような自覚ある者しか襲わない事は分かっている。そして自覚している人間が複数人いることは分かっていた。我々は戦力を拡大していきたいのだ。君達も力を借してくれ、あいつを打ち倒そう!」
演説でも見ているようだ。実際そのつもりなのかも知れない。目の前で言葉に合わせて、動かされる拳が目障りだったが。
そして『君達』と言われたので、黙る。
どこまで知っていて、どこまで信用できるか分かったものではない。
勝手な判断で、あいつらの存在を明かしていいものか、慎重に相手の出方を見たい。
返答しない相馬など意に介さず話し続ける西岡。
大声で早口な喋り方通り、せっかちな男のようだ。
「他にもいるだろう。あの時、人の群れから飛び出して行こうとした少女。これは私が引き留めた。そしてもう一人、君に駆け寄る少女がいた。少なくとも、あの二人は君の同志なんだろう?」
「・・・だとしたら?」
「是非とも我々のチームに加わって欲しい。この世界の謎を解き明かし、自由を手にしよう」
芝居がかった喋り方で、手を差し伸べて来る。
こんな場所で、べらべらとこの世界について語る男の無遠慮にわずかに嫌悪感を抱く。
ちらりと周りの同僚を見るが、特にリアクションはしていない。
「この程度で『世界』は動かないから安心したまえよ」
「っ、どういうことですか?」
「人目を気にしているように見えたからね。初めは疑問に思うものだよ。何が世界に影響を与えてしまうのか、どうすればこの世界の人々が反応して来るのか、ね」
「・・・公園では、ずいぶんと人が集まってきた」
会話の流れを無視し、カマをかける。
西岡は大袈裟に肩をすくめ、溜め息を吐かれた。
「ふう、公園の物を壊したろう。家が他人に派手に壊されたら、そりゃ住人は気が気でないだろ?」
(こいつ、本当に知っているのか!俺達よりも)
「そんなに驚いてどうした?やはり知らなかったようだな。君達はこちらに来たばかりか」
どうやらカマをかけていたのは相手ものようだった。そして、知識の量では恐らく負けている。
西岡は『チーム』と言った。この二人だけではなく、情報を共有している人間が他にもいると見ていいだろう。
「何をそんなに警戒する事がある?協力し合おうと言うのだ」
「他のやつにも相談してから、答えます」
「分かった。連絡を待っているよ。名刺が残っていたら電話して来るといい。無くても私の名前で検索すれば、事務所の電話番号が出て来るからね」
そう言うと背中を向けて去っていく西岡。一礼した後、それに付いて部屋を出ていく長谷川。
スマホを見ると須藤と凛はどうやら来ていないようだ。




