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031 宴会


ぐつぐつと音を立て、良い匂いが部屋中に広がっている。三人の目の前のテーブルに置かれた鍋。

「腹が減っては戦はできぬ」と提案したのは須藤。せっかく会社を休んだのだし、夜までは暇だからこのまま親睦会といこうとのこと。


女性二人で近所のスーパーに行き、色々と買い込んで帰ってきた。材料費は今回の件の反省と感謝を込めて、相馬が全額出した。

そこから狭いキッチンで、二人肩を並べ具材の準備。二人共自炊派だということで驚くほど手際が良い。


数分前までしていた真面目な話も一旦終わり、目の前に鍋と酒を並べた平和な風景が戻って来ると、この状況の異常さに気付く。

狭い部屋で有り合わせの食器を手に、機嫌良く鍋をつつく美女。

その反対側を見ると、職場で可愛いと評判の同僚。


「もしやハーレムか?」

「ふっ、今気付いた?良かったねえ相馬。独り占めだよ」

「身に余る光栄に胃が痛えよ。石上とか呼んでいい?」

「ちょ、やめてくださいよ〜!お兄ちゃんには連絡して、適当に買って食べるように言っちゃったんですから〜」

(ごめん石上・・・)

「でも石上くんもいたら絶対面白いよね。ふへ」

「いいんです。今日はお兄ちゃんじゃなく、玲奈お姉ちゃんと食べるんです」


やはり知らぬうちに須藤を名前で呼んでいる。そして今度はお姉ちゃんとまで。

相馬の中でひとつの仮説が浮かび上がる。


「お姉ちゃん・・・あ、お義姉ちゃんか?」

「ぶっ!なんっ・でっ・よっ!!」

「ぉお、スタッカート」

「わぁ、いいですね〜!なってくださいよ〜!お姉ちゃん欲しい〜!」

「凛ちゃん、酔ってる?」


どこまで効果があるか分からないが、説立証の確率を上げるために用意した酒。

帰れなくなるとまずいので、少しずつだけだが。

すぐ寝るわけではないので、あまり効果も無い気もする。


「これで夢を見ないで済むなら最高だけどな。次の日に響くよなぁ。というか具体的に何時間くらいの睡眠ならあっち行かずに済むと思う?」

「うーん、根拠があるわけではないけど0時は越えていたいよね。起きるのはー、6時とか?私はいつも11時過ぎに寝て、6時半に起きてるよ」

「俺は早いと10時。起きるのは7時」

「大人ってそんなに寝るもん?凛ちゃんは?」

「私はムラがすごくて、適当ですね・・・。でも7時間睡眠くらいがちょうどいいです」


過去のパターンから考察し、相馬が5時間睡眠、残り二人は4時間で試してみる事になった。


「2時まで起きてるのかー、つれえ〜」

「逆に早起きすればいいんだよ。朝早く起きると1日が長くて気持ちいいよ」

「発想が陽の者すぎる・・・起きられる自信がない」


とはいえあの男が現れたら、適応できるのは相馬くらいだろう。本調子でないことを差し引いても、最も無事でいられる確率が高い。何より、他の二人に任せなんてしたら胃に穴が空きそうだ。


宴会は続き、話題は尽きなかった。

同僚二人に、その同期の妹が一人。

会社での兄の様子、逆に家庭での同僚の様子はお互いにギャップがある。

帰りが遅くなりがちな妹に、護身用に催涙スプレーを持たせるという過保護っぷりには驚いた。

その他にも、それぞれの身の上話や最近ハマっているものなんかの平凡な話。時間はあっという間に過ぎていった。

宴はお開きになり、片付けまできっちりと終わった部屋は、さっきまでの事が夢のようだった。

しかし、動きたくなくなるほどの腹の重みが現実を物語っている。

凛は近くまで兄が迎えに来るとのことだった。なんと兄妹で使える自家用車があるらしい。


「いやいやそんな大した物では。親のお下がりで、二人で一台ですし。田舎だと車無いと大変ですし。じゃあ、今日は本当にありがとうございましたー!楽しかったです!」


と、元気に部屋を出ていく。

「ばいばい」と手を振り、戸が閉まると須藤は呟いた。


「私、ここ都会だと思ってたわ・・・」


相馬は元々そんなに遠くもない場所から、就職をきっかけに一人暮らしを始めたが、須藤の地元は遠い。同じ地方の中では人口も多く、栄えているこの街に、大学進学を機に単身越してきた。同級生にも数人そういう者がいて、この街は須藤の地元の人間からしたら都会であり、少しの憧れもあるらしい。


今日知った事だが、石上兄弟は都会どころか都心の出身で、須藤とは逆に、都会から地方の都市に就職と進学をしていた。


「可愛い子には旅をさせろ的なことか?」

「わかんないけど、石上くんは自分の事話さなすぎるってぇ」

「な、もしやどっかの御曹司なのかな」

「御曹司がうちの会社入るかなぁ」


須藤も自分のバッグを持ち、帰るようだ。終電とまではいかないが、時間は十分に遅い。


「送っていこうか?徒歩だけど」

「いいってぇー。痛いんでしょ、まだ」

(やっぱバレるか・・・)

「随分と良いよ、大丈夫」

「じゃあー、そこの駅までね」


靴を履き、部屋を後にした。駅までは10分程しかない、わずかな道のり。それを計算に入れて、提案を受け入れたのだろう。無理をさせる気は無いが、顔を立ててくれたというところか。

暗いが十分に街灯に照らされた道を歩く。車通りもまばらで、歩いている人間は二人だけだ。


「最近よく一緒にいるよねぇ。夢でも会うからほぼ24時間一緒の日もあったんじゃない?」

「あー、でも逆に会社ではほぼ会わないじゃん」

「たしかに〜。にしたって会社では仕事だし、夢も殺伐としてて嫌になるねえ。たまには頭空っぽにして遊びたいもんですわぁ。今日は楽しかったけどさ」

「確かになー・・・城のあれは夢だったしな。今度どっか行くか?」


自然と口からそんな言葉がこぼれた。

言われた通り、一緒にいる事が多く、あまりに自然になっていた。

「しまった」と思ったがもう遅い。

よく考えたら、妙齢の女性を誘うなんてどう考えてもー


案の定、顔を斜めに傾け、イタズラっぽい表情と目が合う。

「お、デートのお誘いですかぁ〜?」

「やっぱいい」

「ふへっ。なんでよー!行こうよー!就職してから水族館も動物園も行ってないんだよー」

「なんでだよ、お前モテるだろ。誘われるだろ」

「まぁねー。でもなんか面倒じゃん、そういうのって」

「あーね。そうだわよね」

(そういうのってどういうのだよ、誘われないから分かんねえよ)


二人立ち止まる。駅に着いた。電車の来訪を伝えるアナウンスが駅の中から聞こえる。良いタイミングだったのか、悪かったのか。

須藤は改札を通るため、スマホを取り出そうとバッグの中に目線を落としながら言った。


「ふっ、適当だなぁ。まぁ本当に行こうよ」


スマホを手に掴むと、顔を上げた。何かを期待するような笑顔。どうやら社交辞令ではないらしい。


「あ、ああ。どっか考えとくよ。じゃあまた明日な。今日かも知れないけど」


手を振りながら駅の中に消えていく同僚に、手を振りかえす。その姿が見えなくなると、来た道を戻る。

寝不足は確定していたが、気分は悪くなかった。


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