030 裏話〜起床〜
相馬がコートの男に敗北した悪夢から目覚めた朝。
須藤玲奈が目を覚ますと、自分の部屋だった。
いつもより早い起床。
寝起きとは思えぬ速さでスマホを掴み、相馬に電話やメッセージを送りつける。
反応は無い。
心臓がうるさいくらい鳴っている。気持ちが悪い。
記憶をいくら辿っても相馬があの後どうなったか覚えがない。最後に見た姿は傷だらけでぐったりとしていた。
肝心なところで目が覚めてしまった。
さらに続けて凛にも電話をかける。数コール後に控えめな声で凛の声がして安堵した。声が小さいのは、まだ家に兄がいるのかも知れない。
状況を整理する。どうやら凛もほば同じタイミングであの世界から目が覚めてしまい、相馬の無事は確認できていないらしい。とりあえず凛は元気なようで安心した。
電話を切り、会社へ行く事にした。
もしかしたら会社で会える可能性もある。都合の良い希望で、低い確率だろうというのは分かっている。
会社に到着し、営業課の部屋を覗き見るも、姿はいない。
何人かに声をかけられたり、手を振られたが、それどころでは無いのだ。
努めていつもの須藤玲奈を意識し、振る舞ったつもりではあるが、どうだったろうか。
もう仕事が始まる。
キーボードを叩き、各部署の状況を確認。
相馬が出勤していない事を確認すると、すぐに上司に早退を願い出た。
優秀な若手社員筆頭の須藤の早退は、何も言われず受理された。普段の行いというものだ。
自分のデスクからカバンをひったくるように持つと、すぐに部屋を出た。
廊下で外回りに出ようとしている、石上兄と遭遇した。
「おはよう須藤。外出か?」
「いや、かえるー!」
「は?」
訝しむ石上の前を足を止めず通り過ぎる。
(あの眉を寄せて、目を細めた顔は凛ちゃんに似ている。さすが兄妹、表情がそっくり)
なんて思ったが、それを本人に言うわけにもいかない。
外に出て、その凛にすぐに電話をかける。
待っていてくれたのかすぐに繋がり、早退した事を伝え、相馬の家に来れるか訊ねる。
しばらく間が空いた、きっとスケジュール確認をしているのだろう。
「大丈夫です。行きます」という声は暗い。
「さっき石上くんとすれ違ったんだよ。こんな時間に元気に帰る私を見て驚いてたみたい。やっぱり凛ちゃん似てるよねぇ」
あえて関係の無い話を振る。
電話の向こうで一瞬戸惑った気配がしたが、素直に会話に乗ってくる。
「そう、ですね。たまに言われます。化粧しないと特に。ふふっ」
「ふへっ、それ見てみたーい」
駅に着くまでの間、通話は続いた。他愛ない話をしていると少しは気が紛れる。
相馬に会うのが怖い。どんな状態になっているか分からないうえに、自分もどんな反応をしてしまうか予想も付かない。でも会社に欠勤の連絡があったという事は、とりあえず生きてはいるらしい。
この数日間は異常な経験ばかりだ。
正直言って、少し疲れた。なぜ私が、私達がこんな目に遭うのだろうか。
「なんか、ぱーっとどこか行きたいね」
「ですねえ・・・。落ち着いたら旅行でも行きましょうよ!温泉とか!」
「ぇえ、私と?こんな疲れた大人と行って楽しめるか〜?」
「絶対楽しいと思います!お兄ちゃんと同い年ですし、須藤さんも私のお姉ちゃんみたいなものですよ」
「ふへ、お姉ちゃんいいねぇ。じゃあとりあえず名前で呼んでよ。須藤さんは距離感じるし、長い付き合いになりそうだしさ」
「わかりました。玲奈・・・さん!」
「呼び捨てでもいいのにー。でも、とりあえずありがとうね」
まだ話していたかったが、駅に着いたことを告げて通話を終える。
会社で盗み見てきた、相馬の住所の位置情報を凛に送ると、改札を通り電車に乗り込む。
(さてー、無事だといいな。怪我してるのかな。でも夢の世界の怪我ってどうなるんだろう。脳にダメージで発熱とかするのかな。ドラッグストアで色々買っていってみるか)
3駅しかない道のりだが、電車の中はガラ空きと言っていいほどだったので遠慮なく座る。
考えると嫌な想像ばかりしてしまう。
小さくため息をついて目を閉じた。




