026 抱擁
目を覚ますと見慣れた天井。自分の部屋だ。
「っ、いってぇ・・・」
とりあえず、生きて朝を迎えられた事に安堵する。
全身は尋常でなく痛い。骨は折れているし、内臓は潰れているような気もする。
横になったまま、恐る恐る服を捲ると、傷もアザも見当たらない。
しかし、顔や腹部、背中等は特に痛みがひどく、心当たりは大男との戦闘で受けたダメージ。立ち上がるのもしんどい。
「こういう、感じで、ダメージ残るわけね。いてて・・・」
体も、心も生きて来た中で一番と言っても過言では無い位に重い。
時計を見ると、始業時間の前ではあるものの、いつもの起床時間を大幅に過ぎている。
仕方がないと判断して、上司に休みの電話を入れる。
理由は無難に体調不良、嘘ではないはずだ。
わざとやったつもりは無いが、痛みを我慢して発した声が思った以上に痛々しかったようで、特に追求されず、「お大事にな」と、休みを受け入れられた。
安堵して目を閉じる。
心には自責の念。あの男を倒せなかった。またみんな危険な目に遭う。
「くそ・・・」
しかしまだ心折れていない。あの二人には、またいらぬ心配をかけてしまっていただろうが、被害は無かった。
まだやり直せる。何度でもやってやる。
とは言え今は満身創痍で厳しいので、会社に罪悪感を感じながらも眠る事にした。
ドアを叩く音が聞こえた気がして、目を覚ます。
時計を見ると昼に差し掛かったところで、三時間ちょっとは眠っていたらしい。夢は見ていない。
上体を起こすと、いくらか体は楽になっていて安堵した。おそらくは夢のダメージが、現実の体にフィードバックされたのだろうが、経験した事のないダメージがどこまで続くか分からなかった。
もう一度ドアを叩く音、気のせいでは無かったようだ。
面倒だが無視もできず、開錠し、チェンーロックはそのままでドアを少し開く。
ドアの隙間から現れた瞳と視線がぶつかる。
「こんにちは、調子はいかがかな?」
「あ〜・・・なんでえ?」
隙間から見えたのは須藤玲奈。
平日のこんな陽の高い時間に、職場から三駅離れた自分の部屋の前にいる彼女。
「・・・夢か、これ」
「これは現実だよ」
ドアを開き部屋の中へ招き入れる。
自宅に女性を招くなんて、本来であれば心浮き立つ場面ではあるが、相馬は家庭訪問を思い出していた。
学校で褒められるより、叱られる事の方が圧倒的だった少年にとって、家庭訪問は自宅での公開処刑の場でしかなかった。
壁につくようにして配置してある、パソコンが置かれた一人用のデスクとセットの椅子に座るよう促す。
相馬はベッドに腰掛けた。部屋の端と端に位置取る形になるが、狭い部屋なので遠いとは感じない。
椅子を半回転させ、相馬の方を向いた須藤は静かに口を開く。
「体の調子はどう?」
「ん、まぁ痛むけどご覧の通り外傷は無い。朝は辛かったけど今はそんなには」
大きなため息が聞こえる。安堵なのか、呆れなのかはまだ測りかねる。
手に持っていたビニール袋から、お茶や経口補水液、エナジードリンクを取り出しキーボードの前に並べ、選ぶように言われた。
その中からお茶をもらい、ペットボトルの蓋を外し、遠慮なく飲む。須藤は自前の水筒に口をつけた。中身は分からないが、かすかにコーヒーの香りがする。
「良かったよ、生きてて。状態が分からないから色々買って来たけど大丈夫そうだね」
「あの、会社は?」
「早退して来た。相馬が来てないって知って。あ、住所はほら、私の業務的にどうにでも見れるし」
「それコンプラ・・・」
言いかけて、やめた。自分が蒔いた種だ。
よく考えたら死んでいても不思議はなかった。
須藤は冷静に見えるが、きっとまた自分を責め、落ち込んでいたことは想像に難くない。なんせ模範社員と言ってもいいこいつが会社を早退までしているのだ。
「私も色々な感情でぐちゃぐちゃでさ。悲しいやら、ムカつくやら、悔しいやら・・・。無事だったら言いたい事が無限にあってさ、無事じゃないとしたら・・・頭が真っ白になった」
立ち上がり近付いてくる。
固く握られた拳を見て覚悟を決めて、大人しく目を閉じる。
だが、ふわりと柔らかく、良い匂いに包まれる。
「!?!?!?」
「無事で、良かった・・・!」
頭上から声がする。
座ったままの相馬を、須藤が胸元で優しく包み込むように抱きしめていた。
想定していなかったパターンに混乱するが、無下に跳ね除けることもできず、されるがままになった。
はじめは心臓がうるさいほど高鳴っていたが、段々と落ち着く。
すると今度は温もりや、香り、柔らかな感触がはっきりと伝わって来て、途端に恥ずかしさに襲われた。
「そ、そろそろいいですかね須藤さん・・・」
恐る恐る自分を抱く腕をタップして、ギブアップを伝える。
しかし離れてくれない。
「なんでよ、良いでしょ」
「いや、俺もいい歳なんで。恥ずかしいんで」
「仕方ないなあ」と離れて椅子に戻る。先程までは正面で向き合っていたのに、PCデスクに肘をつき、相馬に背を向けて座るので、横顔しか見えない。
「お前も恥ずかしいんじゃん・・・」
「うるさいよ!言ったでしょ、こっちだってもうワケわかんないんだよ。でも何よりも無事で本当に良かったから、それを体で表現しただけだよ!」
そして深呼吸してから「初めは殴ろうと思った」と物騒な一言から話を続けた。
自分を追い込んで、勝手に責任を背負い込んで、二人に対する贖罪と、無事を願っての行動だろうってのは分かる。分かってしまう。同じことをしかねないから。
「ごめん相馬、背負わせたね。ってこの『ごめん』も良くないか。めんどくさい性格してるねぇ〜」
「お互い様だろ、たぶん」
「でも本当にこういうことはもう止めて。あと連絡はちゃんと返して」
須藤と知らない番号から、着信がたくさん残っている事には気付いていた。知らない番号は凛だそうだ。
なんとなく察しはついていたが、連絡をしてしまうと決心が鈍ると思った。
「あと凛ちゃんも今からここ来るから」
「ぇえ!?」
「嫌なら移動してもいいけど。近くにどっか話せるお店ある?」
そのままこの部屋で会う事にした。これ以上心配かけたくないので黙っていたが、だいぶ良くなって来たとは言え、まだ脚が痛く、どこまで歩けるか自信が無かった。外に出たらきっとボロが出る。




