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025 戦闘


「ーーーよし」


相馬は独りで夢の中にいた。


公園で、あの男と対峙した夢から覚め、始業から終業まで外回りに精を出し、会社への連絡も最低限に抑えた。もちろん須藤に会わないようにするため。


定時きっかりに帰り、休憩中に買っておいたゼリー飲料を、片手で押し出して素早く胃に流し込む。

そして時計の針が、20時を指す頃にはもうベッドに入った。

メッセージは送っていない。


目を覚ました場所は会社だが、須藤の姿は無い。

彼女が来るとしても、あと2、3時間くらいの猶予はあるはず。

メッセージを送っていないので、もっと遅い可能性も十分にある。

ひとまずは、狙い通りの状況に胸を撫で下ろす。


早々に会社を飛び出し、目の前の道路を反対側まで跳躍した。辺りは暗い。

着地後、そのまま腰を落としてタメを作り、目の前のビルに向けて再び跳ぶ。

10階以上はあるビルの屋上までは流石に届かない。途中、何度か窓の枠に指を掛けて更に高く登る。

屋上に降り立って、眼下の景色を見回すが、探し物は見当たらない。

また隣のビルへと跳び移り、探す。跳ぶ、探す。

黙々と、何度も繰り返していく。

人目は気にしない。どころか、あえてその身を晒している。

たまに下の路地に降りて全力で走る。

しばらくの間そうしていた。そして、終点としてあの公園へと到着。

壊れたはずのベンチは、何事も無かったように無傷で電灯に照らされている。ベンチの側に立ち、座るでも無く待つ。

公園の入り口から足音。

振り返ると、真っ黒なトレンチコートに、ハットを被った大男。


「よう、また会ったなー」


まるで友人にでも会ったような軽い挨拶。

相変わらず、顔の半分が影に覆われていて見えない。

辛うじて見えている口が開き、低い声が響く。


「分からないな。目的を言え」

「決まってるだろ!」


言うと同時に全力で殴りかかる。その速度と力強さは、大型の猛獣どころではない。

鈍い衝撃音。渾身の力を込めた拳は、男の上腕にめり込んでいた。


(防がれたー!)


後ろに跳んで距離を取る。が、男は一瞬でその距離を詰め、相馬の顔をめがけて拳を振るう。

ぎりぎりの所で首を傾けてかわしたが、巨大な拳が耳の横を通り過ぎる際に発した風を切る音は、尋常では無い威力を物語っている。

男が拳を戻す前に、みぞおちを目がけて蹴りを入れる。

確かな手応えだが、後ろに置いた片足を支えに踏ん張られ、その巨体をわずかに後退させただけだった。


「くっそが!」


再び距離を取る。今度は追ってこず、コートに付いた足跡を手で払っている。


「なぜ、こんな事を」

「なんでだと?昨日お前から襲いかかってきたんだろ!」

「・・・答えろ。あの女はいないのか?その力はなんだ?」

「やっぱり分かってて狙ってんのかよ。なんでだっ!?」

「答えろ」

「っ!!」


会話にならないことを察して、再び殴りかかる。

その巨体からは考えられない俊敏さで横に移動し、拳は空を切る。

しまった、と思った頃にはもう遅く、空を切り伸び切った腕を掴まれてしまった。


男は「ふんっ!」と短く声をあげ、腕を掴んだまま相馬を投げ飛ばす。

10メートルは飛ばされただろうか、生垣に突っ込んだおかげで見た目の衝撃ほどのダメージは無い。

枝が肌を裂き、浅くて小さい傷をいくつか作るが、全く問題はない。

生垣からすぐに立ち上がり、相手を見据える。


「お前もいずれは殺すが、今では無い」

「はあ!?選ばせると思ってんのかよ!」


答えは無い。

周りに人はいない。この世界に二人だけにされたような錯覚をしたが、遠くからサイレンの音がする。自分達がここで非現実的な戦いをしようと、世界はいつも通り動いているようだ。


男は駆け寄り距離を詰めて来た。かと思うともう目の前。

身を低くして横薙ぎの拳をかわすと、その拳は近くの木に当たり、木は簡単にへし折れた。

横に跳び距離を取る。すぐ詰められる事はもう分かっていたので、迫り来るタイミングに合わせ殴る。

男の顔面を打つと、拳から肩まで骨が軋む程の強い衝撃が走ったが、相手も無事では済まなかったようで、短く声をあげて大きくよろめいた。


(ダメージは通ってるのか!)


体勢を立て直す隙を与えず、続けて体の中心にもう一撃。男が膝を付く、低い位置まで来たその頭を容赦なく蹴ると、今度は男の方が数メートル飛んでいく。

普通なら首の骨が折れて、二度と立ち上がれないだろう。


(まぁ、立つよな)


それなりに効いてはいるようだが、起き上がり、少し離れた場所から相馬を見ている。


「女がいないなら、不要だな」


何やら独り言を言いながら、近くのベンチの背もたれに手を置いた。

そのままベンチを植物でも引っこ抜くかのように持ち上げ振りかぶる。


「・・・は?」


大きな手から放たれたベンチは、回転しながらもの凄い勢いで向かってくる。


「ふっ、ざけんなっ」


いくつもの木が割れるような激しい音。

転がるように必死にかわせたが、冷や汗が頬を伝う。

速度や打撃は負けていないつもりだが、あんな真似はできない。

あちこち無惨に傷付き、欠けたベンチから視線を戻すと、次のベンチに手をかけている。

『まずい』と思ったが遅かった。十分な速度と重量を持ったベンチが投げつけられ、モロに体で受けてしまう。


「がはっ」


その場に倒れ、起き上がれない。

肋骨が痛み、呼吸が苦しい。息もできない。

足音が近付いてくる。大きな影が自分の上に馬乗りになり、容赦なく拳が振り下ろされた。

両腕を顔の前に出してガードするが、腕から後頭部まで容赦なく衝撃が走る。

一発、二発、三発、四発。何度も、何度も来る衝撃に、いちいち意識が飛びそうになるのを必死に堪える。

何かが潰れるような感覚、硬いもの同士がぶつかる音は骨だろうか。顔を伝う液体の感触は、汗なのか血なのかも分からない。


しかし、ふいに衝撃が止まる。目は開かない。耳もよく聞こえていない。必死に感覚を澄まし状況を把握しようとすると、男の重みが消えた。油断せずガードは緩めずにいると、遠くから喧騒が聞こえる。


「こっちですー!おまわりさん!」


喧騒を突き破るような大きな声。

朦朧とした意識で、聞き覚えのある声の主を記憶の中から探る。


(ぁあ、凛か。でかい声も出せるんだな・・・)


車のドアの閉まる音、近付いてくる足音。


「相馬!?相馬!!ねえ!!」


更に大きな声。

これは分かる。何度も聞いた同僚の声だ。

細く目を開けると何度も見た顔。

視線を動かすと、周りには人だかりが出来ていた。

制服を着た警察が何人もいたが、男の姿は無かった。

逃げられた、見逃されたとも言える。


(ミスったー、心配かけたくなかったな・・・。またミスった・・・)


悲痛な同僚の声を聞きながら、そこでついに意識を手放した。



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