023 望まない邂逅
夢の中で目が醒める。
今日は帰宅後に睡魔に襲われたが、もしもの事を考えて昼寝はしなかった。しかし、そのせいか22時頃には眠ってしまった。忘れずにメッセージはしたものの、あまりの早さに驚かせてしまったかも知れない。
「駅前で夜か、久々だな」
少し待ったが須藤は現れない。凛はどうしているだろうか。
気にはなるが、どうにもならないので久しぶりに体を動かす事にした。
簡単にストレッチをして、体をほぐしていく。夢の中でいかほどの効果があるのかは謎だが。
目に入った近くの手頃なビルに登ろうと思ったが止めておいた。
今まで自分だけの世界だと思って気にした事はなかったが、意識ある人間が見たら異常でしかない。それが敵だとしたらなおさらまずい。
(ったく、面倒だな・・・)
数分歩いて繁華街の裏通りに入り、現実では足を踏み入れないような、廃れたカビくさいビルに入って行く。
エレベーターを使い、正しい手順で最上階にあがり、更に上へあがる階段を見つけ、登ってみると案の定屋上へと出た。
屋上には当然のことながら、無機質な冷たいコンクリートが広がっていた。錆が目立つ金網のフェンスはいかにも頼りない。
着ていたパーカーのフードを念のため深めに被る。ほとんど使ったことの無い紐をきっちりと絞って結び、簡単には脱げないようにした。
屋上の端まで走り、跳ぶー
隣の似たような高さのビルに着地。とはいえせいぜいその距離は5メートル程度で、現実でもやってやれないことは無い。
物足りなさを感じ、更に続けて隣のビルへ。
今度は少し高さがあるが難なく着地。
この調子でどんどん建物から建物へと跳び移っていく。人目を気にして、なるべく人が通るような、広い通りの上は跨がないようにした。とは言え、更に高いビルから外を眺めている人がいたら普通に見えてしまうのだが。
しばらく跳んで回ったが、人目を気にして全力を出せないせいか、すぐ飽きてしまい同じルートを辿りスタート地点に戻る。
行く当てもないので、とりあえず会社近くのいつもの公園のベンチに腰掛ける。
大きく息を吐き、目の前の建物を見る。まばらに見える明かりは人の営みの証だろう。あの明かりのどれかは、自分達と同じように、夢に気付いているのだろうか。
しばらくすると、公園に入って来る人影。公園の明かりに照らされたのは須藤だった。
「よう、今日は遅かったな」
「あんたが早すぎるんだっつーの。まだ寝る用意してなかったんだよこっちは」
悪態をつくが、笑顔を向けてくれるあたり、機嫌は良さそうだ。
須藤はスマホを取り出し操作し始める。
何度もタップを繰り返し、それが済むと顔を上げた。
「凛ちゃんもそう遠く無いとこにいるから来れるってさ、ちょっと時間かかりそうだけど」
「え、スマホって使えるの?」
「使えるみたいだねぇ。現実で凛ちゃんと連絡先交換したからだと思う。逆はできないのにね」
話していると、新たに人影が公園に入って来た。
凛にしては大きい。凛も背は高いがそういうことでは無い、大柄な男性のシルエットだ。
ある程度近付いて来ると男は声をかけて来た。
声は低く響き、大した声量でも無かったが真っ直ぐに耳に届いてきた。
「ここで何をしている?」
(でかいな、190はあるか)
黒いトレンチコートに黒いハットを深く被り、影になっているため顔はよく見えない。
そしてコートの上からでも分かるくらい筋肉が隆起していて、隠しきれない生物としての強さを窺わせる。
どう見ても普通では無い、警戒していつでも走れるように身構えておく。
隣にいる須藤を見ると、目を丸くするというよりは見開いたまま瞬きを忘れ、瞳を小刻みに震わせている。
「こいつか!?」
声を張り上げ、相手を見据えようと男に顔を向けた瞬間に視界が歪み、身体が宙を舞った。
そして強い衝撃。気付くとベンチにもたれかかっていて呼吸が難しい。
「相馬ぁぁぁ!!」
離れた所から須藤の声がする。
(どうなった?苦しい、殴られたのか?)
衝撃から少し遅れて全身に痛みが走った。
状況が掴めず、元いた場所へ視線を向けると、須藤の背後から男が手を伸ばしていた。
考えてる場合じゃ無い、ベンチを蹴って全力で跳ぶ。
男は一瞬怯んだように見え、その動きが止まる。
「があっ!!」
痛みと呼吸の苦しさで言葉にならない声をあげ、そのまま男を全力で蹴り、吹っ飛ばす。
数メートル飛んで行き、仰向けに倒れ動かない。
相馬も着地できず地面に倒れる。
「大丈夫!?どこ痛い!?」
「いい、大丈夫、大丈夫だから、逃げる」
「でもそんな状態で!いっ」
話してる途中の須藤を抱えて全力でその場を離れる。一歩で数メートルも進む全速力、あっという間に公園から脱出したが、まだ速度は緩めない。
公園から出る時点で大男は倒れたままだが、その体にダメージが無い事は蹴った自分がよく分かっていた。
巨大なゴムの塊を蹴ったような感触、あれだけ吹っ飛んでいても筋肉にも骨にもダメージは届いていないだろう。
あれが例の敵だとしたら、公園のように人気の無い場所は逆に危ない気がした。
大通りに出て須藤を降ろし、自分も街路樹の植え込みの縁へと腰を下ろし呼吸を整える。
「どこが痛む!?見せて!」
「俺はいいから凛に連絡。公園は危ない」
はっとしてすぐ電話をかける。よく見ると手は震えていた。
しかし、スマホを耳に当てながらも、相馬から目を離さず心配そうに見ている。
電話を切ると、再び目の前で地面に膝を着き顔を覗き込む。
呼吸が落ち着いてきたので、背すじを伸ばして座り直した。本当はまだうずくまっていたい位に痛みがあるが、時間をかけている場合ではない。心配されないように虚勢を張る。
街路樹を背にしているので、大通りの反対側からこちらは見えない。そしてこちらの視界は開かれているし、すぐ目の前にはビルが立ち並んでいるので、左右にだけ気を配っていればいい。あんな大男そうそう見逃す事はない。
「あれが例の敵だと思うか?」
「うん、たぶん。姿は初めて見たけど、あの声は忘れられない」
「あんなバケモンだとは・・・」
「本当にね。さっきは本当にありがとう。相馬のおかげで無事だったし、怖くないとは言わないけど、私は大丈夫だよ。相馬も凛ちゃんもいるしね」
「それは何よりだ」
「それよりさっきのはどういう?すっごく速く走ったり、とんでもなく跳んでた」
「まぁ、夢だし」
「夢だからってあんなことには・・・あ、凛ちゃん!」
視線の先を追うと凛が来ていた。荒い呼吸を落ち着かせるように膝に手を当てている。走って来たのだろう。
「大丈夫!?です、かっ!?」
息も絶え絶えで言い終わるや否や盛大に咳き込む凛。
「うん、凛ちゃんもね?大丈夫?」
呼吸が落ち着いて来たので、遅れてきた凛に状況を説明する。
特に男の特徴は今後のためにも記憶を辿り、できるだけ詳細に伝えた。
「疑ってたわけじゃ無いですけど、いるんですね、本当に」
「ぁあ、見かけたらすぐ逃げた方がいい。あれはバケモンだ」
「よく逃げ切れましたね、良かったですー」
「本当だよ。さっきの何?人間の動きじゃなかったよ」
「何って夢だもん、あれくらいできるだろ」
口を開いたまま何も言わない須藤を不思議に思ったが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
この夢はまだ醒めないようだ。




