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020 対峙


須藤の部屋に到着すると、前回と同じ位置に座らされる。

前回も座った座布団代わりのクッションは、柔らかく使用感が無い。あまり客が来ないのか、小まめに買い替えているのか。

そして目の前にはまたコーヒー。

さっき飲んだばかりとは言える雰囲気ではなかったので、大人しく頂くことにする。


(好きだからまぁいいが)


マンションまでの道のりは終始無言だった。人が多かったこともあるが、並んで歩くことはせず、須藤の背中を追うことになったので表情は読めなかった。

部屋に着くとキャップだけ脱ぎ、そのままの服で手早くコーヒーの用意を始めてしまった。ジャージの出番は無いようだ。

真正面に座ってカップを両手で持ち、視線を落としている。

そんな部屋の主にバレないように、静かに深く息を吸って吐き出す。

深呼吸中にコーヒーの香りを感じた。こんな場面でなければさぞかし心地の良い香りだっただろう。


「相馬はさ、凛ちゃんを巻き込んで平気なの」

「平気かと言われると不安はあるよ。だが俺達から遠ざけたら安全ということは無いだろ?」

「でも私みたいに、直接予告されたわけじゃない。あの声の男の狙いなんて分からないけど、誰が意識あるかなんて分からないはすだし、ひとまず隙を見せないように人が多いところにいればあいつも襲って来れないかも知れない」

「『かもしれない』だろ?根拠が無い楽観視よりは最悪を考えた方がいい」

「でも、狙われてる私と一緒にいるの危ないでしょ。大学とか、周りに人目があるところにいてもらえば、私といるよりはいいよ」


言葉の応酬が続く。

感情的になっていると思ったが、ひとつ言えば、間髪入れず言葉が返ってくる。しかも一応筋は通っているように聞こえる。


「凛は明晰夢だと誰かに言われたと言っていた。この世界の関係者かも知れない人間の情報が欲しい」

「それが何?そういう話はまず凛ちゃんをどうしてあげるかの結論を出してからでしょ。相馬の言うことが重要なのは分かるけど、なんでそんなに焦ってるのさ」

「急いでいるんだよ。確かに、敵が凛や俺を狙っている確証は無い。もしかしたら、思っているより危険は無いのかも知れない。でもそれも確証もないし、今ある情報だと須藤が誰よりも狙われやすいってことになる。早くケリをつけたい」

「私のことはいいよ!」

「よくない。二人共、いや三人共無事に終わらせよう。あの世界では俺達みたいに、意識ある人間以外は全く当てにできない。凛が大勢の人間の中にいても、そこに危険が迫った時、事情の分かる人間が近くにいないと意味がない。結局それは1人でいる事と変わらない。なら俺が側にいるようにする」


須藤は何か言いたげに目を見開いたが、結局黙ってしまった。

前のめりになっていたが座り直し、何かを考えているようだ。

しばらくすると、大きなため息をついてポツリポツリと話し出す。


「・・・・・すごいね、相馬は」


すごいとは言うものの褒められてる気はしない、むしろ疲れと諦めのようなものが感じられた。

目は虚で、さっきまでの熱が感じられない。


「相馬は冷静でさ、合理的に考えるよね。決断力もある。なんか意外だったな」

「そうか」


否定も肯定もしない。まずは話を最後まで聞く。

守りたいと思っていたのに、知らず追い詰めてしまっていた。

いつも余裕がある優秀な同僚に明らかに余裕が無い。

今すぐ謝った方がいいとも思うが、感情を理性で抑え込む。


「うん、私は全然ダメだぁ。凛ちゃんより年上でさ、相馬より先にあの世界にいて、タケさんに色々聞いていたのに」

「・・・・・」

「何もできていない。私だってみんなを助けたいのに」


そう言うと須藤は大粒の涙を流し嗚咽を漏らす。


「俺だって強がってるだけだよ・・・1人じゃ何もできないさ」


そこから2人共何も言わず、須藤は抱えた膝に顔を押し付け啜り泣いていた。

相馬は静かに待った。

手を伸ばして支えたい気持ちはあるが、それを望んでいるとは思えなかった。

恐らく3人の中で最も危険な立場にいるであろう須藤は、それでも他人のために怒り、泣いているのだ。

なんという責任感。下手に手を伸ばせば、今度こそ自分を許せなくなるかも知れない。


確かに相馬は合理的に考えている。時に犠牲も仕方が無いと考えている。

それで事態が好転し、救われた人がいたとして、それが本当の意味で救うことにかるかは分からない。

小さく丸まった姿を見て申し訳なく思う。


(他人の気持ちに寄り添って、本当の意味で人を助けられるのはお前だよ・・・)



かなり時間が経ち、須藤はようやく顔を上げた。

大きく息を吐き、天井を仰ぎ見る。

ゆっくりと顔を向き直すと、落ち着いた声で話し出す。


「ごめん、ようやく落ち着きました」

「おう」

「まぁ正直まだ納得はできてないし、やっぱりなんとかしたいって気持ちはあるけどさ」

「うん」

「とりあえず相馬の言う通りにしてみるよ。凛ちゃんもそれを望んでるしさ。ただやっぱり何かあったら私は最優先で凛ちゃんを守るよ」

「ありがとう。それでいいよ」


ずいぶん時間がかかったが、とりあえず出た結論に胸を撫で下ろす。

須藤には無理をさせてしまった。もう後には引けない。必ず結果を出さなくてはならない。


時計を見ると、もう結構な時間になっていた。ついでに腹も減っている。結局朝から何も食べていない事に気付いた。不思議なもので自覚すると体が急に悲鳴をあげはじめ、腹から低く、大きく、長い悲鳴が響き渡った。


「ごめんごめん。ごはん食べてなかったね。もしかしてお昼もまだだった?」

「なんなら朝もだよ・・・牛丼でも食って帰るわ」

「ええ!本当にごめん!ちょっと待って、すぐ何か用意するから!」


返事も聞かずに立ち上がり、キッチンのある空間へ消えていく。

しばらく物音がしたかと思うと数分で戻ってきた。


「ごめん、こんなものしか無いけどー」

「はっや!パスタってこんな一瞬で出てくるもん?」


麺もソースもレンジですぐできるものらしい。

男の一人暮らしの心強い味方だとは思ったが、まずレンジを待つ時間も惜しい、そして洗い物が出るのも嫌だ。

そんなことを言ったらあからさまに引かれてしまったが、料理男子を名乗ったところでいつかボロは出るのだ。それなら初めから白状した方がいい。


テレビも無いので、ほぼ無音の部屋で黙々と食べた。

皿にフォークが当たる金属音がたまに響く。

相馬の皿の方が2倍は量があったので突っ込んだら、どうやら朝昼の分らしい。


「ごちそうさま。マジで助かったわ」

「お客様にお出しできるもんではないけどねー。ほら、せめてデザートくらいは豪華にね」


と渡されたのはちょっとお高いカップのアイス。

感謝し、ゆっくり会話しながら口に運んだ。仕事の話、主に愚痴になったが、夢以外の話をするのは久々な気がして気が楽だった。お互いあえて夢の話題は避けている。

食べ終わっても話は尽きなかった。

雑談の中で知ったが、凛は朝までオールナイト上映に参加するらしく、今夜の心配は無いらしい。映画鑑賞が趣味で、サークルにも入っているんだとか。

相馬がすぐに捕まらず、遅くなる事も視野に入れ、それでいて明日は休みという都合の良い今日、いきなり呼び出して来たわけだ。

やはり感情的なようで、変なところで冷静だ。


「さて、ごちそうさま。そろそろ帰るわ」

「遅いし泊まってきなよ」

「はぁぁぁ!?」

「声でかっ。たまに田舎から家族が遊びに来るからさ、使い捨て歯ブラシも来客用布団もあるし大丈夫だよ」

「心配するとこそこ!?」

「大丈夫でしょ相馬だし。あんま意識されるとそっちの方がキモいよ」

「キモ・・・ッ!?」


また返事を待たずクローゼットを開け、せっせと布団を取り出す。

さっきまで使っていたテーブルを部屋の隅に追いやり、手際よく布団をセットしていく。


「いやいやさすがに帰るって・・・」

「終電ないよ。正確には今出ても間に合わないよ」

「うっわマジじゃん」

「ふへっ、諦めなって〜」


時計を見て焦ったが、すでに後の祭で、思いもしなかった展開に顔が引きつる。

かたや須藤は歯ブラシやタオルを用意したりと、部屋の中を動き回る姿はなにやら楽しそう。

先程の特徴的な笑い方を聞いたのも、随分と久々な気がした。ここ数日の2人で過ごす頻度を考えれば、久しぶりというのはきっと気のせいなのだろうが、気まずい時間は本当に長く感じた。



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