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019 向けられる敵意


「最悪だ・・・」


朝、夢を見ることなく目を覚ました。

昨日は帰ってきてから、やり切れない気持ちを目を背けるように珍しく深酒をしてしまい、いつ寝たか記憶がない。気まずかったとはいえ、いや、気まずかったからこそ、このタイミングで夢を見ないとは。

重い頭を片手で支えるようにして、急いでスマホを確認する。須藤からのメッセージが入っていた。


『おはようございます。昨日は夢を見ていません。凛ちゃんも見ていないそうです』


「ふーっ」


一息吐く。ひとまず安心した。

無事に夜を越えたこと。いまだ機嫌は悪いようだが、約束したメッセージは続けてくれていること。

よく見ると、昨夜自分からメッセージを送っていた。記憶は無い。


『いまからねます、』


最後の謎の「、」は、続きがあるわけではなく「!」と打ちたかったのだろう。その夜の返事は無かったが、早朝に先程の業務連絡のような報告が入っていた。


「はぁ、とりあえず腹減ったな」


身支度を整えて外に出る。昨日酔った勢いで備蓄のカップ麺にも手をつけてしまい、あの部屋は食糧難だ。

家の近くで済ませても良かったが、電車に乗り込み繁華街の方へ行くことにした。せっかく珍しく午前中から外に出られたのだ。他にもずっと保留にしていた買い物を済ませてしまいたかった。

繁華街も会社も最寄駅は同じで、ここらへんでは一番大きな駅である。周辺には多くの店が所狭しと並んでおり、大体のものは手に入るし、映画館だってある。

次の駅で降りるという時に、スマホが震えた。


「須藤玲奈・・・」


ポケットから出したスマホに表示された名前を、思わず読み上げてしまった。

電車内なので電話には出られず、そのままスマホの画面を眺めていると、画面が切り替わり不在着信を知らせる。折り返す前に用件を何パターンか想定しておこうと、スマホから目を離した瞬間、再び手の中で震えるスマホ。

焦って拒否をタップしてしまった。とはいえ、今は出られないから仕方がないとも思う。心の中で言い訳していると、三度目の着信。


(ひぃっ! こわっ! もしかして、めちゃくちゃ怒ってる!?)


普段、あまりというか、ほとんど自分のスマホから電話をかけてきたことはない。仕事の用件なら会社の電話を使う。どちらかと言うとメッセージ派で、すぐに返事が返ってくるので電話をする必要も無かった。


(あの須藤が鬼電。緊急事態? でも、今は夢じゃないし危険は無い、よな?)


初めの着信では駅まで間もなくと思っていたが、三度の着信のせいか、やけに長く感じた。電車のドアとは、開ききるまでこんなにも時間がかかるものか。

電車を降りて改札を出る前に、ホームの壁際に寄り、折り返しをかけようとしたが、メッセージが入っていた。


『駅ビルのコーヒーショップに来られたし。時間を知らせよ』


(ぇえ・・・果たし状?)


指定された場所は、今いる駅の上の階にある。着くまで5分もかからないだろう。短く了解の旨を返信し、あらゆる想定をしながら少しゆっくり歩いて向かった。

どんなにゆっくり歩いても、やはり5分で着いてしまった。ガラス越しに店内を確認すると、須藤らしき人物が本を読んでいるのが見えた。

前回の私服に似た系統のシンプルな服だが、今日はキャップを被っていてすぐには気付けなかった。そもそもすでにいるとは思わなかった。


(ここからメッセージしてきたのかよ。俺がどこから来るかもわからないのに、何時間待つ気だったんだ)

「ふぅーっ」


溜息を意識的に深く吐き出して、気持ちを落ち着かせる。

店内に入り、店員が案内してくれようとしたが、待ち合わせを理由に断り席へ向かう。席の前に立ったが、彼女は気付かない。本に集中しているうえに、キャップで視野が狭く見えていないのかも知れない。


「お待たせ」


ビクッと体を震わせ、恐る恐る見上げてくる。目を見開き、待ち合わせの人物の顔を凝視した。


「早くない? え、夢?」

「現実だよ、これ」


買い物しに来ていたことを伝えながら、向かいの椅子を引いて勝手に座る。いつかもこんな場面があったなと苦笑した。

客の着座を確認し近付いてきた店員に注文を入れて、いよいよ果たし合いの開始だと気合を入れて向き合うが、意外な言葉で出鼻を挫かれる。


「ごめんね。昨日は感じ悪かったよね、私」

「お〜ん?」


首を捻る。思わず肯定とも否定とも取れぬ、意味のない返事をしてしまった。

果たし状のような呼び出しには応じたが、一方的に怒られる覚悟で来たのだ。間違ったことはしていないが、理解してもらえるとも思っていなかった。

しかし、須藤はそうではなかったらしい。


「かと言って、納得したわけじゃないんだ。どうしても次の夢までに、その話をこうしたかった」

「まぁ、そうだよな」


何から伝えようか。そもそも伝えることなんてあるのか。腕組みをして天井を仰ぎ見る。

運ばれてきたコーヒーに目を移す。この香りは気持ちを落ち着かせてくれる。

ふと、須藤とコーヒーはセットで目の前にいることが多いなと思った。


(そのうち、コーヒーを飲む度にこいつの顔が浮かぶんじゃなかろうか)

「私はさ、凛ちゃんを巻き込みたくない」


それはそうだと思った。

相馬とて、好んで他人を危険に巻き込みたいサディストでも、自ら危険に飛び込みたいマゾヒストでもない。しかし、今後いつあるかも分からない、自分たち以外の、意識を持ってあの世界にいられる三人目との出会い。凛の語った内容と、自分たちの持っている情報のすり合わせは必ず必要だと考える。多少強引にでも。


「でも、本人も望んでいたことだ」


できるだけ無感情を努めた。感情に引っ張られると、選択を間違えてしまいそうな予感がする。だが須藤には通じないだろう。今の一言で、完全に臨戦態勢だ。

目を細め、じっと見てくる。いや、もはや睨んでいる。視線で穴が開きそうだ。


「最終的にはね。でもあの流れで断れるわけないよ」


理解してもらおうとは思わない。しかし憂慮すべきは、このまま仲違いしてしまうことだ。

さてどうするかと思案していたが、その沈黙をどう受け取ったのか、須藤からの突然の提案。


「分かった。とりあえずウチ行こう」


言うなり、伝票を引ったくるように持ち、カウンターへ歩いて行く。


「ちょっと待てって!」


急いでその背中を追った。


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