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018 仲間入り


金曜日、仕事を早々に切り上げて、石上凛との待ち合わせ場所に急いで向かう相馬と須藤。

凜とは早めに会いたかったが、学校終わりから予定があるということで都合がつかなかった。

連絡先は分からない。夢の中の物は何一つとして現実には持ち込めない。スマホのデータにしてもそうだ。

この時代にスマホ無しで、時間と場所だけ決めて待ち合わせをするなんて、子供の時以来じゃなかろうか。

無事に合流できるのか、本当に来てくれるのだろうかと不安になる。子供の時には、そんな心配をした覚えがない。

待ち合わせの駅ビルに着く。

指定した改札近くのコンビニ前に、彼女はいた。遠目に見てもやはり一際目を引き、何人もの通行人が注目している。

目が合うと、丁寧に会釈をして足早に近寄ってきた。


「こ、こんばんは。初めまして、なんですかね? 夢だと思っていたのに、変な感じです・・・」

「こんばんは。待たせちゃったよね、ごめんねぇ。てかよかったー、昨日は夢は見てない?」

「はい。昨日というか寝たのが今日に入ってからだったので、目を閉じて開けたらすぐ朝って感じで」


夢で会ったとはいえ、実際には初対面。ここは須藤に任せた方が良いと判断して、相馬は短く挨拶をするのみに留める。

案の定、すらすらと練習でもしてきたのではないかと言うくらい、スムーズに会話をリードしていく。


「とりあえず、お店を取っているから行こうか。すぐそこだよ」


駅ビルを出て、道路を挟んですぐ横にある、いくつものテナントが入ったビルに入っていく。

エレベーターに乗り込み目的の店に着くと、須藤が慣れた様子で名前を名乗り、席に案内される。

席は半個室のボックス席になっており、案内をしてくれた店員がのれんを下ろすと隔絶された空間となり、密談にはもってこいだった。

とはいえ、通路と席を区切るのは、せいぜい座った客の上半身までしか隠せない頼りない布一枚。

時間は金曜の夜。店内は賑わい、よほど聞き耳を立てられない限り話を聞かれることはないだろう。


「格式高すぎず、プライバシーは守られている。それでいて料理も美味しそうな和食を中心としている。週末の混雑を見越して予約までしてあるなんて、シゴデキすぎる我が同僚」

「ちょ、ネタバレやめてよ」

「いえ、本当にさすがです須藤さん! 大人って感じがしました!」


目を輝かせて尊敬の眼差しを向ける凛に、須藤は照れ臭そうに鼻を掻いている。

相馬は見た目だけなら君の方が立派なレディだよと思ったが、口に出さずにおいた。

恐らく凛の分の会計も全部出す気だろう。あまり高い店だと彼女が恐縮してしまうのは明らかなので、この店を選んだに違いない。

場所をどこにするかをメッセージアプリで打ち合わせた時に、少し高くて静かな個室を提案した相馬の意見はことごとく却下された。

今なら分かる。大人の力の見せ方を間違えていたのだろう。この気遣いこそが本物なのだ。

隣を見て思わず呟いた。


「大人だわぁ」

「あんたとはタメだよっ」


同期二人は並んで座り、反対側に凛が座った。

凛はぎりぎりアルコールを飲んで良い歳ではあるらしいが、あまり得意ではないらしく烏龍茶を頼んだ。

二人も酔うつもりは無いが、さすがに一杯だけはと、度数が低めの酒を注文する。

料理と飲み物が届き、「お疲れ様です」と静かにグラスを合わせる。

それどころではないはずなのに、グラスの当たる軽やかな音は自然と気分を高揚させた。


「今日はありがとうございます。まさか、こんなことが現実に起きるなんて」

「いや、こっちこそ信じてくれてありがとうな。ちなみに石上・・・兄には話した?」

「いいえ、まさか! 信じてもらえないだろうし、自分自身まだどこか信じられなくて」

「だよねぇ。私もしばらくは現実を受け入れられなくて、泣くとこだったもん」

「須藤さんでもそうなんですね。あそこって、そんなに危ないところなんですか?」


須藤が話そうとするのを遮るように、相馬が話し始める。

事前に、どこまでを凛に伝えるかを打ち合わせてある。

結論としては、「知っていることは全て話そう」ということになった。怖がらせたくはないが、下手に気を使って隠し事をすると、何かあった時に対応できない。

まずは明晰夢とは何か。これはさすがに知っていて、最近よく見る夢もこれだと思っていたそうだ。

そして集合的無意識の層の話。習った記憶があるようで、すんなりと話は通じたが、そこがひとつの世界になっているという非現実的な話になると戸惑い、にわかには信じられないようだった。


「信じられない・・・でも、こうして二人と会えていることが、何よりの証拠ですもんね」

「うん。俺も認めたくはないけど、そうとしか考えられない。それで、本題はここからなんだけど―」


ちらりと隣を見ると、真剣な顔で頷いていた。頷き返して凛の方に向き直る。


「あの世界で殺されると、本当に死ぬんだ」


簡単に、できるだけ感情を入れないように心がけて、須藤から聞いた話を伝える。

タケさんという人物がどうなったのか、その顛末。路地裏で聞いた不気味な声。

話し終えたとき、凛は手で口を覆い、絶絶句していた。


「そんな、ひどすぎる」


目には涙を浮かべている。

明晰夢には戸惑っていたが、少しは楽しかった。

それがいつの間にか、地獄に落ちていたと知ってしまったかのような気分。


「凛・・・ちゃんは覚えがないか? あの世界に落とされた瞬間のこと」

「すみません、わからないです。でも、明晰夢は分かります。ある日・・・先週くらいですかね? 夢の中で、『ここは夢だ』って誰かに言われたんです。それが何回か続いて、私も段々そんな気がしてきてー・・・あ」

「何か思い出した?」

「言われてみると、そうですね。夢の中で起きる夢は、私も見ました」

「!?」


須藤が目を見開き、握られた拳には力がこもっている。

凛はその時のことを少しずつ思い出しながら、ゆっくりと話し始めた。


「あの時は、気付いたら一人で、学校の図書館にいたんです。何かの本を読んでいて。窓を背にして読んでいて・・・窓の外から差し込む光がまぶしくて、その光のせいで、手に持った本を覆うように自分の影がありました。その影に、さらに大きい影が重なってきたんです。何かなと思って後ろを向こうとしたら、急に場面が変わって、自宅で目覚めました。でも、起きてしばらくして、これも夢だって気づいたんです」

「それだ・・・」

(おそらく、その図書室で殺されている)


先ほど聞いた須藤の話と併せて考えることで、凛も自分がどうなってしまったのか察したらしい。

目は虚ろで、焦点が定まっていない。


「凛ちゃん!? 大丈夫!?」

「えっ、ぁ、あ、はい。大丈夫・・・です」


須藤が急いで席を移動して、凛の横に座る。

背中をさすり落ち着かせようとするが、自身の声も震えている。


「大丈夫? ごめんね、辛いこと思い出させて」


しばらく背中をさすられて、徐々に落ち着きを取り戻したようだ。


「い、いえ、むしろすみません。須藤さんの方が辛いのに。たしかに、自分の状況を知って怖いですけど、私はその瞬間の痛みとか怖さとかは無かったので・・・。気付いたらこうなっていて、二人に出会って教えてもらえたのは幸運かもしれません」


優しい子だ。こんな状況でも他人を思いやれる。

意外と庇護対象では無いのかも知れない。


「無理はしなくていいさ、怖いものは怖い。実は俺たちも、大してあの世界のことを分かってない。俺なんか、つい最近須藤に救われて状況を理解して、経験値的に凛ちゃんと大差ないんだ。頼りにならない男だけど、それでも須藤と一緒に現状を打破しようとしている。だから、凛ちゃんも協力して欲しい」

「相馬!いきなりそんなこと」


珍しく怒りのこもった目で見てくる。それはそうだ、落ち込んでいる者に鞭を打つような真似を、彼女が許すわけがない。しかし、その優しさで命は救えるのだろうか。


「・・・いえ、協力させてください。私に何ができるか分からないですけど、私もこのままは嫌です」


言葉に覚悟を感じる。初めは気弱な子かと思ったが、やはり芯が強いのかもしれない。


「凛ちゃん・・・?」

「ありがとう、凛ちゃん。これからよろしくな」


食事代は二人で割り勘して解散した。

店を出ると、須藤は凛と駅の方へ消えていった。

気を使わないようにと選んだ店でも、凛は恐ろしく恐縮していたが、そこは「大人だから」の一言で押し切った。

「ごちそうさまです」と深々と頭を下げる姿に、育ちの良さを感じる。

かたや須藤とは、最後まで気まずかった。

凛の前では気を使わせまいと普段通りを装っていたが、明らかにいつもと態度が違う。

凛を巻き込むことに納得がいかないのだろう。

過ぎたことはしょうがない。須藤の気持ちをないがしろにはしたくなかったが、凛の話には気になるところもある。


(須藤、凛、二人ともごめんな。俺のことは嫌ってもいい。それでも必要なことなんだ)


でかい溜息をつき、空を仰ぎ見る。高いビルも一緒に視界に入ってきて、煩わしく感じる。

明日は土曜日。須藤に会えないことは、幸か不幸か分からない。

晴れない気分を引きずって、帰路についた。


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