016 美人
「あー、夢だな。どこだよここ。さっさと探さなきゃな」
いつもの状況確認。
今日も仕事で新規が取れた。
上司の機嫌が良かった。
昼は三人で食った。
新規案件はありがたかったが、帰りが遅くなってしまった。
早く寝るため、いつも以上に簡素な食事を手早く済ませ、シャワーを浴びる。
今から眠ることを須藤にメッセージで伝え、ベッドに潜り込んだ。
そしてどうやら、彼女からの返事を待たずして眠ったらしい。なんと寝つきの良いことか。
とりあえずここまではいい。記憶ははっきり繋がっている。
あたりを見回すと、目の前には学校のような建物が見える。おそらく見知った大学だ。
中に入ったことは無かったが、仕事でこの大学の前を通ることもあるので、外から遠まきに何度か見たことがある。
広い敷地を持つこの大学は、山の方にあり、会社からはそこそこ距離がある。
ここらへんにはプライベートで特に用も無いので、大きな車道を外れると、全くと言っていいほど土地勘が無い。
「しまった」と思った。夢はだいたい会社や、自宅周辺等の、身近な場所で始まることが多い。須藤と落ち合うなら、まずは会社だろう。
車でもバスでも自転車でも何でもいい。何か移動手段は無いかと、その場で一回転するように改めて周囲を見てみる。
その回転の途中に見えたものに引っかかるものを感じて、通り過ぎた視線を戻した。
「お〜い、お疲れさま〜」
「うおおっ!」
須藤が目の前まで来ていた。
いや、さっき何か引っかかったのはこいつの顔か。学生に紛れていて、全く違和感が無い。
「なんで一回スルーしたのよ。とりあえず、すぐ見つけられて良かったけどさ」
「びびったぁー。マジでこんな早く会えるとは」
今日は「高橋」ジャージではない。
ゆったりとした黒いスラックスに、白いスウェットを着ている。部屋着をそのまま着てきたかのようなシンプルさだが、均整の取れた体によく似合っていて、センス良く見える。
「メッセージ助かったよ。おかげでタイミング合わせやすかったから、すぐ合流できたね」
「いやいや、なんで俺がいるところが分かるんだよ」
「分かんないけど、考えて眠ったらそりゃそうなるでしょ」
「は?」
「え?」
会話が噛み合わない。
どうやって合流するか懸命に考えていた相馬とは対照的に、会えて当然と言わんばかりの態度だ。
「わかるの、俺の場所? GPS?」
「んなわけ。行きたいというか、起きたい場所を考えて眠ったら、そこで目覚めるでしょ?」
「なにそれ!? マジで言ってる!?」
「え、相馬は違うの!?」
近くのベンチに腰を下ろし、二人で話をすり合わせる。
須藤の話では、特別なことをしているつもりもなく、本当にただ場所をイメージして眠ると、その場所から夢が始まるらしい。
「そういや、喫茶店の時も当たり前のように俺の前に現れてたな」
「今日もあの時も、相馬の近くで目が覚めるようにって考えて眠っただけだよ」
「なにそれ、俺できないんだけどー」
「ぇえー、私はこれがこの夢での普通だと思ってた。ほら、普通の夢でもベッドに入る前に映画を見たり、旅行なんかを思い出して眠ると、その場所が夢に出てくるでしょ? あれだよ」
「いやいや、一回もできたこと無いよ。すごい便利じゃんそれ。なんで俺にはそんな能力が無いの」
「才能? 想像力の差・・・? ふふ、ごめんなさいね、ボウヤ」
髪をかき上げ、デキる女を演出する須藤。それを見て笑う相馬。
一人は恐怖を、もう一人は怒りを忘れたわけではないが、互いに努めていつも通りに振る舞う。
負の感情を口に出したところで事態は好転しないならば、いっそ楽しめる時は楽しんでいきたい。来たるべき時のために。
得体の知れないものに負けてなるものかと、自分らしく生きるのだと心に誓ったのだ。
「ん?でも、うちの地元に来てたよね」
「言われてみればそうだ。行ったことないのに」
頭を傾げるも、分からないということしか分からない。
数秒考えたが、組んでいた腕を解き、現状で出せる結論を出す。
「あとで考えよう。きっと今ある情報だけじゃ分からないってことだ。俺はできないけど、須藤はできるってことだけ分かれば活かしようもあるし」
「おぉぅ、そうだね」
普段の相馬からは考えられない決断力と、力強い言葉に、戸惑いながらも返事を返す。
同期の中で、誰よりもやる気が無さそうで、常に眠い目をしていた男が、今はすごく頼もしい。
とりあえず明日からも、相馬が眠るタイミングでメッセージを入れ、先に眠るようにすることにした。これで須藤が後から来ることで、ほぼ確実に合流ができる。
「さてどうするか。会社の方まで行く? ここらへん全然知らないんだよな」
「待って。それより、なんかすごく見られてる。ほら、あの子」
ベンチから少し離れたところに、胸にノートパソコンを抱え、こちらを見ている生徒らしき女性がいる。
目が合ったことに気付くと会釈されたので、一応返した。
「相馬の知り合い?」
「えー? あんな超絶美女が知り合いにいて、忘れることあるか?」
目を細めて再度確認するも、やはり覚えはない。
女性にしては身長は高い方で、やたらと脚が長くモデルのようだ。顔立ちもはっきりしているので、ハーフかもしれない。
「見すぎだって。あんな感じの子がタイプなんだ? 結構理想高いんだねぇ」
「須藤さんはそうやって、すぐなんでも色恋に結びつけるの良くないなー。僕は純粋にー」
女性が近付いてきた。
座っている二人の前に立つ女性は、近くで見てもやはり綺麗だった。
やがて、女性は気まずそうに口を開く。
「あの、違ったらすみません。相馬さんと、須藤さんではないですか?」
「「え」」
予想していなかった展開に声を揃える。
「あの、すみません」
見た目に反して気が弱いのか、焦って何度も頭を下げている。
「いやいや、ごめんね驚いただけ。私が須藤で、こっちが相馬。合ってるよ!」
「あ、良かったぁ。急に声かけてすみません。私は石上と申します。石上凛です。兄がお世話になっております」




