014 石上くん
翌朝、相馬は目覚めと共に記憶を整理した。
直前の記憶も現実で、須藤の部屋から帰り、いつもよりだいぶ遅くベッドに入った。
夢の記憶は無く、目を閉じて一瞬で朝を迎えたような感覚だけがある。
「くそっ」
悪態をついてスマホを手に取る。今はとにかく須藤のことが気がかりで仕方がない。
しかし、思いも虚しく何度かコール音が鳴り、留守番電話サービスへと繋がる。
(嘘だろ。まさか!? 昨日約束したばかりなのに!)
再度コールするが、やはり繋がらない。嫌な汗が背中を流れる。
もう一度、と急いでタップしていると、着信を知らせる通知。
表示された名前は、須藤玲奈。
「もしもしもしもし!?」
「うわー、声でかいし、『もし』が多いってぇー」
スマホの向こうから、いつもの声がする。
「よかったぁ〜! 焦ったぁー」
「心配してくれたのはありがたいんだけど。一応これでも女なわけよ、朝の支度とかあるわけよ。そんないつでも電話に出られないよ」
「ごめんごめん、そりゃそうだよな」
「ふっ、ごめんね、こっちこそ。本当に、ありがとうね」
それじゃまた会社で、と通話を終えて、急いで仕事へ行く準備に取り掛かる。
落ち着いてスマホを確認したら、自分が起きるより早くに須藤からメッセージが入っていた。だいぶ恥ずかしい。
会社に着いて仕事をこなす。今日はなぜか、会社に無理矢理やらされている新商品の売り込みに成功し、その後の業務の連携がてら、昼前に自分の部署に戻った。
「珍しいこともあるもんだ」と余計な一言を頂戴したが、何はともあれ上司の機嫌が良いのは助かる。
新規取得した書類を届けるために、経理課のある部屋へ入る。
男所帯の営業課と違い、女性の比率が高く、心なしか空気が綺麗な気がする。
部屋に入りぐるりと見回すと、ひらひらと手を振る須藤と目が合った。
「今日はどうしたの? 私に会いに来た?」
「おいやめろ、仕事に決まってるだろ。これは誰に渡せばいい?」
透明なクリアファイルに挟んだ書類を見せたら、そのまま須藤が受け取った。
「はい、承りましたーっと」
表情は柔らかく、元気そうに見える。
とはいえ、昨日までも元気だとは思っていたので、自分の観察眼など当てにはできないが。
一段落ついたので時計を見ると、ちょうど正午になろうというタイミング。
二人は話し合って、社内の休憩ルームに行くことにした。
相馬は久々に休憩ルームを使う。長テーブルと椅子が置いてあり、狭い給湯室とテレビを備えただけの広いだけの部屋は、外で昼を調達する人間には無用なのだ。
適当な場所を陣取り、相馬は買ってきた弁当を、須藤は自分で作ったであろう弁当をテーブルに置く。
椅子に腰掛け弁当を開けながら、周りの人間に怪しまれないよう言葉を選んで小声で話す。
「朝は悪かったな。昨日は大丈夫だったのか?」
「いいってばー。起きたら朝だったし、ちゃんと眠れたよ」
「良かったよ。でも、そういう時ってどうなってんだろうな。あっちに行ってないのか、あっちでも寝てるのか」
「さぁー? 少なくとも何も覚えてないし、想像も付かないなぁ。ま、ゆっくり眠れる方が助かるけどね」
「二人ともあっちにいる時は、可能な限り合流しておきたいな。合流場所でも決めておくか?」
「意味ある? お互い、相手のそばで起きれるように意識して寝たらよくない?」
「は? それって、どういう―」
近くに人が立つ気配を感じて、会話を急停止させる。
見上げると、石上がいた。
「お前ら珍しいな。・・・珍しいよな?」
「石上くん、お疲れさま〜」
短く挨拶を返しながら、当たり前のように相馬の隣に座り、弁当を広げ出す。
出てきたのは、彩りまで考えられているであろう、お手本みたいな手作り弁当。
「わ、久々に見たなぁ石上弁当!美味しそー」
「ふっ、その変な呼び名はよせよ」
言うなりすぐ弁当に手をつけ、口を動かしだした。
石上は妹と同居していて、ほぼ毎日、弁当を作ってもらっているらしい。
去年聞いた話では、大学進学のために石上の部屋に転がり込み、家事をすることを条件に居候しているらしい。
「てか、石上くんも珍しいよね。私はよくここにいるけど、今年入って初めて見たよ」
「いつも外にいること多いから。車の中で食べてる」
口を開いたと思ったら、必要な返事だけ答えて、またすぐ口に米を運び、黙々と噛み締めている。
言っていることは分かる。相馬も普段は車の中か、安いチェーン店で昼食を摂る。
「三人でメシ食うのも久々だな。相変わらず俺だけコンビニ弁当なのも変わらない。たまには弁当交換しないか?」
「で、なんで二人で?」
「無視かよ」
「相馬が私のとこに書類持ってきてさぁ。そのまま流れでね」
「お前も無視かよ」
軽口を叩き合い、時間はあっという間に過ぎてしまった。
午後のそれぞれの仕事に戻る。
最後に須藤が「三人で食事に行きたい」というので、詳しい内容は全く決めなかったが、約束だけはした。
こういう日々の何気ない時間がありがたい。
これを絶対、失ってなるものかと思った。




