012 決意
カレーを完食した後、須藤はコーヒーを淹れてくれた。
無機質な部屋ではあるが、もてなしは星五つをつけてやってもいいと思えるくらいに、カレーもコーヒーも満足のいく品だった。
効率を重視した無機質な部屋に反して、コーヒーはドリップされた丁寧なものだった。
「うま~。カレー食った後のコーヒーってやたら美味いよな」
「わかるー。クセになるよねぇ」
どうやらコーヒーには一家言あるようで、お気に入りの銘柄や淹れ方などを、テンション高く説明してくれた。
いつまでもこうして気を抜いて、友人との時間を楽しみたいが、そうもいかない。
直面している問題はあまりに大きいうえに、あと数時間でまた『あの世界』に行く可能性がある。
「そろそろ、本題に入ってもいいか?」
「・・・うん。何が知りたい? って言っても、私があの世界に行くようになってから、そんなに経ってないんだよね。運良くタケさんと知り合えて色々知ることができたけど、そこまで詳しいわけじゃないよ」
「知ってることだけ答えてくれればいいよ。でも、まず引っかかっているのが、『自分の夢で殺された』ってところだ」
「記憶に無いって言ってたね」
「無い。実は俺、かなり前から明晰夢を見てるんだよ。夢を夢だとはっきり認識できて、起きても記憶にしっかり残る。だから、そんなインパクトのある夢を見たら覚えていると思うんだよな」
「私も、あの世界の前に明晰夢は1回だけ見たことあるよ。それが殺された時のやつ。その時に、あの世界に落ちたんだよねぇ」
集合的無意識の世界に入ってしまった二人。
自分の夢から、深みへ落ちてしまった自覚があった須藤と、覚えのない相馬。
相馬は必死に今までの記憶を呼び起こすが、やはり覚えはない。
正直言って頭では理解しているが、感覚的にはいまだ自分の夢に須藤が入ってきているような印象。
「須藤は、いわゆるその『落ちた』ってやつが、なんで分かった?」
「殺された時にね、今まで体験したことのない、自分が無くなっていくような感覚があったんだ。段々と意識が消えて、自分の存在も消えていくような・・・。本当に怖かった。それで次に目を覚ましても夢だった。すぐに夢だって分かっちゃったの」
須藤は俯き、微かに震える自分の体を抱きしめるようにして、落ち着かせようとしている。
夢の中で一度リアルな死を体験させられ、しかも次に夢の中で死んだら現実でも死ぬという。
夢の中の須藤にとって、死はリアルで、しかも身近にある。どれほどの恐怖だろうか。
「ごめんな・・・」
「なんで相馬が謝るのさ。大丈夫だよ。最近は結構コツとかも掴んできて、平和に過ごせているんだよ」
ぎこちなく笑うその姿を見て悔しかった。何に対しての悔しさなのかは、うまく言葉にならない。
須藤は、自分が夢の中で自由を謳歌している間にも、恐怖と戦っていた。
そして、恐怖に囚われているはずなのに、相馬の身を案じ、こうして声をかけてくれた。
どれほどの勇気が必要だっただろうか。
非現実的で、ある意味では、他人の領域に足を踏み入れていることの告白もしなければならない。
ともすれば、気味悪がられ、異常者扱いされてもおかしくない。
それでも、 踏み込んできてくれた。
何も知らぬまま、存在を消されてしまわないように。
自分のように、辛い思いをしなくていいように。
「・・・そうか」
今までの話を頭の中で整理しているうちに、気付いてしまった。
はらわたが煮えくりかえるという言葉があるが、今それを初めて体で感じている。
ここまで気を遣って、明言を避けてくれているが、察するに、夢の中に悪意を持ってその行為をしている者がいる。
夢から集合的無意識の世界に落ちることも、現実で死ぬことも、どちらも条件は「殺されること」だ。
思わず拳を強く握り、爪が食い込む。
「いるんだな。まだ、そいつが」
須藤の肩がびくりと震え、少し間を置いて頷く。
「そいつが誰か、分かるか?」
首を横に振る。
随分と悩んでいたようだが、ようやく恐怖の核心部分を語り出す。
タケさんの死体を見た話には、続きがあった。
待ち合わせに現れないことを心配し、指定場所である建物の周囲を探してみたらしい。
そこで、薄暗い路地裏に倒れているタケさんを見つけ、必死に呼びかけた。
その時、路地裏の更に奥の暗闇から男の声が響いてきた。「お前はその男の仲間か?」と。
予想だにしない事態に声も出せず、必死に暗闇を凝視するも、相手の姿は見えない。
「お前も、殺さなければならない」
冷たく響く声が、とても冗談には聞こえず、本能的に逃げるべきだと思わず路地の出口へ駆け出した。
その瞬間まで気付かなかったが、須藤の呼びかける声が響いていたのか、野次馬による結構な人だかりができていた。
人だかりに突っ込み、かき分けるように人通りの多い大通りに出る。
自分が出てきた路地裏は、人だかりでほとんど塞がっていて、不気味な声が追ってくる様子は無い。
しかし、暗闇に背を向けた瞬間に聞こえた「お前を必ず殺しに行く」という声が、呪いのように耳にこびりついていた。
話を終えて、空気は重い。
その空気を払うかのように、はっきりと言い切る。
「須藤、もう大丈夫だ。これからは俺もいる。二人でなんとかしよう」
「えっ、急になにさ。かっこいいー」
おどけて気丈に振る舞う姿に、心が痛む。
もはや、今までのように夢を楽しもうなんて気は全く無い。これからやることは決まった。
いつもダルそうだった瞳には、決意が宿る。
「大丈夫だ。なんとかするから」
「うん・・・」
素直に頷いてくれた。
はにかむような笑顔。目にはうっすら涙が滲んでいる。絶望感と共に意味のわからない世界に落とされ、頼れる人を失い、独り夢の中で息を殺していたのだろう。
今は気休めの言葉をかけるくらいしかできないが、少しでも安心して欲しかった。




