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009 珈琲


「こんばんは」


自分に向けられたであろう声に、意識が覚醒する。

目の前にはテーブルを挟んで、須藤が座っていた。

テーブルの上にはコーヒーカップが一つ。

自分の置かれている状況が把握できず、挨拶を返すことも忘れて辺りを見回す。


(ここは喫茶店か。会社の近くにある、あそこだよな)


何度も行ったことのある喫茶店。

いわゆる昭和レトロを売りにしていて、レンガを模した壁には不思議と懐かしさがあり、お気に入りの場所でもある。

視線を前に戻す。目の前の顔を見ているうちに、徐々に意識がはっきりしてきた。

直前の自分の行動を思い返そうとする。

しかしー


「夢だよ、これ」


いつも夢に入った時の、自らの第一声を、初めて他人の口から聞くこととなった。


「!?」

「やっぱり、意識あるんだね」

「あ、すみませーん。私にもブレンド一つお願いします」


須藤は相馬の驚いた顔を見て何かを確信し、ため息を吐く。

かと思ったら、唐突に離れたところにいる店員に片手を挙げ、注文を告げた。

注文が通ったことを確認すると、再び向き合う。


「夢だよ」

「わかったって」

「誤魔化さないんだね。助かるよ」

「後で話そうって言ってたしな。こんなにすぐだとは思わなかったけど」

「はは、ごめんごめん」


少し困ったような顔で笑う。

コーヒーが運ばれてきたタイミングで、自然と二人とも黙った。

店員は「ごゆっくりどうぞ」と言い残し、テーブルから離れていく。


「はぁー、しかし、相馬がこっち来ちゃうとはねえ」

「こっちって?」


須藤はティースプーンで、カップの中のコーヒーをくるくると回している。砂糖もミルクも入れてはいない。

会社で話した時のような異様な緊張感こそ無いものの、やはりどこか様子がおかしい。


「夢の中ってことだよ。今日? 昨日? は本当〜っにびっくりしたよ! 地元の話したらバケモノでも見るような顔するんだもん。『ぁあ、これは覚えてるんだな』って思って」

「そりゃ驚くだろ。なんで夢に須藤本人がいるんだよ。今までこんなことはなかったぞ」

「うーん・・・」


相変わらず、コーヒーに口をつけずに、ティースプーンで回している。

何か言うことを迷っているのは様子を見るに明らかで、無言が続く。


「頼むよ、教えてくれ。このままじゃ安心して夜も眠れないって」

「ふへっ、余裕かよ。今まさに眠りの真っ最中だって」

(お、やっと笑った)

「なんか知ってるんだろ? もう隠し事は無しにしてくれよ」

「いやー、隠したいんじゃなくてさ。納得してもらえるように話せる自信が無いっていうか」

「じゃあ俺から聞くが、これは俺の夢ってことで良いのか?」

「それは違うかな。『俺の』じゃなく『私達の』って感じ」

「俺と須藤のか。なんで夢を共有してるんだ?」

「あー、違う違う。たぶん、全人類の」


言葉の意味はわかるが、理解は追いつかない。

全人類が同じ夢を見ているなんてことはありえない。

こんなことは須藤が初めてだし、そもそも寝るタイミングも見る夢の内容も全員違うはずだ。


「夢が繋がっているのか?」

「いいえ、みんなの夢が繋がっているんじゃなくて、『寝ている間にここの世界に来ちゃってる』って感じかな」

「異世界・・・?いや、でもこの店は実在するしな。現実世界が夢の中にもあるって感じ? ぁあもうわけわからん。いや、そもそもなんで詳しいんだよ」

「それは、私もこうやって教えてもらったからだよ。その人が言うにはね・・・」


須藤が言うには、この世界は夢と呼称されているが、厳密には夢とはまた違うという。

人間には個人の意識を超えたさらに深い所に、人類共通の意識の層、すなわち「集合的無意識」があるらしい。それが形を成して、世界を形作っているのがここなんだとか。

「無意識」と言うだけあって、普段は意識して過ごすことなんて無いうえに、こんな一つの世界として触れられるものになるだなんて、あり得るわけがない。


「私も理解できてるわけじゃないんだよねぇ。その無意識の層を、夢として干渉できるようになっているのがこの世界ってことらしいよ。それで『共通の意識』っていうくらいだから、個人の夢の枠を越えて、人間同士も干渉しあえてしまうんだとか」

「わかるような、わからないような」


率直に「オンラインゲームの世界みたいだな」と感じた。

離れたみんながひとつの仮想空間にアクセスして交流する。楽しそうじゃないか、そういう世界だと知ってさえいれば。


「いや、でもそれはおかしい。俺はつい最近までずっと一人で遊んでたぞ。今みたいに干渉を受けたって事はない。夢には石上が出てきたり、課長が出てきたり、弟が出てきたりしたこともあったけど、一度もこんな話になったことはない」

「条件があるんだよ。私達みたいになるためにはさ」


須藤はそこでようやく、コーヒーに口をつける。

もうすっかり冷めているだろうそれを一口飲み込んで、深く息を吸った。

息を吐き、数秒置いてから、相馬の目をまっすぐに見つめる。


「相馬さ、一度死んだよね?」


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