歩いてきたもの
掲載日:2026/02/05
明かりが消え静寂に包まれた。
街が闇に支配される時間。
確かなことと言えば外の庭は土の地面だった。
家の中は畳で、歩けば沈む音がする。
それなのに聞こえたのは、
コツ
と乾いた音だった。
誰かの気配がした。
ハイヒールが、
コンクリートの上を歩くような音。
ここはビルじゃない。
そう思った瞬間、
音がもう一度鳴った。
コツ、コツ。
廊下の奥から、こちらに向かってくる。
畳を踏む気配はない。
土を踏む重さもない。
ただ、
あるはずのない床を歩く音だけが近づいてくる。
コツ、コツ。
逃げるという考えは浮かばなかった。
身体を動かしたら、
この音の正体を確定してしまう気がした。
布団を頭からかぶった。
暗闇の中で、
自分の呼吸だけが生々しかった。
コツ。
コツコツ。
コツコツコツ。
コツコツコツコツコツ。
コツコツコツコツコツコツ……。
すぐそばでピタっと止まった。
―― 頭上だ。
布団を握る手が震えた。
どれくらいの時が経っただろう。
次の音は、来なかった。
足音は、
この家に存在しない床の上で、止まった。




