魔女
正面にはソラスさんとアルファスさん。
オルクもいるし、反対の肩にはJr.が乗っている。
じゃあ、この手は誰の…?
肩を握る手の力が徐々に強まる。
振り返り、背後に立つのは見知らぬ男。
その肌は青白く、目は濁って生気が無い。
焦点の合わない瞳が小刻みに揺れ動き、ポロッと飛び出す。
僅かに繋がった神経の根本、空洞になった目からは大量のウジが湧き出る。
そして男は俺に噛みつこうと、千切れんばかりに大きく口を開いた。
「kyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
『歩く屍だ!ショータ離れろ!』
「うぉらっ!」
オルクがゾンビを跳ね除け、倒れたそれをJr.が口から火を吹き燃やす。
あっという間に黒焦げになり崩れるゾンビ。
しかし周囲の地面から新たにいくつもの手が生えてくる。
「これはおかしいです…魔女様に何かあったのかもしれません。」
ソラスさんが語る。
アルファスさんの魔法、《転移》。
過去に訪れた事がある場所への移動が可能。
魔女の森は結界が施され侵入者を迷わせ、阻むための罠が仕掛けられている。
その影響で術者の魔女以外は結界の外からでないと《転移》などの空間魔法は使えない。
通常魔女が認めた者=ソラスさん達といれば発動しないはずだが、俺達が来てからすぐに魔女の罠、幽鬼や歩く屍、古き戦士が湧いてくる。
この状況の可能性は二つ。
魔女が自ら全てのトラップを作動させる、もしくは…
「攻撃を受けている時です。すみませんが少し急ぎます!」
ソラスさんとアルファスさんは羽根を広げて飛び出す。
その2人を追うように俺達も駆け出すが、絶え間なく飛び出してくるモンスター達に足場を崩され思うように走れない。
「Kyaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
断続的に響くおぞましい叫び声はなんなんだ!
幽霊は実体が無いから当たらない=倒せない。
ゾンビや骨は既に死んでいる。
霊能力も無いから祓えないし対処の仕様がない。
それが俺がお化けを怖がる理由だ。
奴等は無防備な状況とシチュエーションで襲いかかってくるのにこちらに防御策が無いのは卑怯だ!
いつだって人の背後に回り込んだり、脱出不可能な密室になったら追い詰めてくる卑怯者だ(映画脳)。
……………あぁそうだよ!単純にめっちゃ怖いんだよ!!
デザインもそうだけど小さい頃に刷り込まれた恐怖は変わらないの!
ここに来てから常識なんてものはぶっ壊され続けてるがまだ足りないか!!
もう!やだ!
「Kyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
俺たちの頭上を駆けるソラスさん達は風魔法でゴーストを霧散させる。
地上ではJr.が火を吹き、オルクが土魔法で生成した腕でゾンビやスケルトンを焼き、砕いた。
初めてまともに見る様々な魔法らしい魔法、それに感動する暇もくれないアンデッド共。
追われ驚かされ、もう訳が分からない!
今まで避けていたゴーストがフワッと目の前に飛び込んできたのをつい、腕で振り払おうとする。
腕がゴーストに当たる直前、脳内が高速で思考する。
これ、当たって大丈夫なのか?
呪われたりしない?
でも腕で払いのけないと顔に当たる。
やっぱりやるしかない腕はもうくれてやる!
そして俺の腕はそのままゴーストの頭を通過した。
…その感触は軽くて、粘り気があって、ほんのり暖かかった。
ゴーストは鈍い断末魔を上げ消えていく。
腕に粘り気と臭いを残して。
いけるのか。
今のこちらの世界なら!
俺は!
いけるのか!!!
そこからはもう俺の独壇場だ。
視界に入ったアンデッドは片っ端から薙ぎ払った。
駆け抜け、払いのけ、踏み潰し、いつの間にかソラスさん達を追い越し置き去りにしていた。
全身にアンデッドのモツや体液が張り付いてその感触がもう気持ち悪いったらありゃしない!
トラウマを怒りで塗り潰し、無我夢中で蹴散らしていたら明るい空間へと飛び出した。
ゴールか?!ここがゴールなのか!??
辺りを見渡すと、そこはすぐ側の鬱屈とした森にあるとは正反対に澄んだ空気をしている。
そこにスポットライトを浴びるように、木漏れ日に照らされる一本のずんぐりとした大樹。
太い幹には扉と窓があり、まるで女児向けミニチュア模型のログハウス。
中からうさぎさんが出てきそうなファンシーな形だ。
すぐ側には大きなキノコが2つ、中をくり抜くように空洞になっている。
その2つの空洞は暗闇で、中からギラリと赤い光が2つこちらを見つめていた。
あれはなんだ…?
『ショータ…助けて……』
「ハァ…ハァ…凄い体力だな…」
ヌルヌルビチャビチャなJr.の顔を拭ってるとオルクが追いつく。
2人と話しながら周囲を見ていると大樹の扉が開き、中から女性が現れた。
皮のジャケットにスキニージーンズ。
ブーツを履いたファンキーなおばあ…お姉様だった。
あれが魔女、なのか?
イメージとかなり違うぞ。
もっとこう、鼻がデカくてイボがあって、ヒェッヒェッヒェッて笑いそうな…
「あんた、凄まじい迫力だったねぇ〜!全部見てたよ!お疲れさん、皆んなも上がりな!お茶を淹れてあるよ。…あ、コーヒーの方が好きかい?」
「…あ、いえ、お茶、でお願いします。」
「あっはっは!やっぱり日本人はお茶だよねぇ。ほら、そんなとこいないで上がんな!あ、ちょいと待ちな!汚れてるね。タロ、綺麗にしてやんな!」
年齢はそこそこいってそうだが、綺麗で活発なお姉様の服装や物言い、イメージとの違いに呆気に取られていると、一つのキノコからのっそり、バーニーズマウンテンドッグのような大型犬が現れた。
あのキノコ、犬小屋なのか…可愛い…
気怠そうな目でこちらを見ながら近づくとぐるりと一周回り、小さくボフっと鳴いた。
その声にJr.が少し緊張するが、俺達の身体は緑の光に包まれ、アンデッド達から浴びたヌルヌルと臭いが消え去った。
すげぇ…!
それを見届けると犬はまたのそのそと自分の小屋へと戻っていく。
「ありがとう、タロ。」
タロはこちらを振り返らずに尻尾をブンブンと軽く振って応えてくれた。
もう一つの犬小屋からは唸り声が止まないのが気になる…
そこへJr.がペシペシ頭を叩きながら耳打ちしてきた。
『ショータ、気を引き締めて警戒しろよ、ここはあの魔女の本拠地だ。油断は命取りになるぞ!』
Jr.は首元に張り付き周囲を警戒して震える。
今のお化け祭りでビビり散らした俺はもういじったりバカに出来ないな…
うん、怖いもんは怖いよ…
「しかし魔女の言う通り流石の気迫だった。あれには魔女も一目置かざるを得ないだろう!」
オルクは言ってくれるが俺はただ必死だっただけだ。
でも一つ、大事な事が分かった。
こっちなら、今の俺ならお化けも倒せる…!
拳が通じるならもう怖くないんだからね!!
「お!うちの子達もやっと戻ったね。ほら、あんた達何してんだい?綺麗になったんだから早く上がんなって!」
追い越してかなり距離を付けてしまっていたソラスさん達はそのままお姉様の元へと駆けつける。
2人は何やらお小言を言われているようだった。
屋敷に足を踏み入れると、入り口すぐ側に軽く会釈したまま待機するメイドがいた。
「失礼します。お召し物などお預かりします。」
顔を上げたメイドの言葉にそちらを向く。
「あぁ、いえ、特にないので大丈……」
前に垂らした髪から僅かに覗く、血走った瞳がギョロリとこちらを見つめていた。
さ…………貞……さ◯子!!!
「Kyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
この時に知る。
森での金切り声は、全て俺の声であったと。




