微睡みの王 2
主人公の名前を漢字表記にすると分かりにくいので、ここからはカタカナで表記します。
将太→ショータ
ショータが部屋を出た後、寝室で眠る母を横目にJr.は窓に乗り出しす。
自分が巻き込んでしまったこの事態、彼の自己犠牲の精神と行動から目を離してはいけないと。
木々を掻き分けやってきたオークの大群を率いる巨大な一体。
オークの王は間違いなくあれだ。
その巨体から溢れさせる禍々しい魔力は周囲の景色を歪めていた。
Jr.は吐き気を催す。
その魔術の存在は知っていた。
ある高位の悪魔が好んで使う魔術で、精神も肉体も作り変えられてしまう。
恐らくあのオークは自我を無くし、命令のままに力を振るうだけの魔獣と化しているのだろう。
先程ショータが一撃で仕留めたヤツとは訳が違う。
彼はそれが率いる集団を前にしても引かない。
数の事はもちろんだが、あれほど濃く邪悪な魔力の側にいて何も感じないのか?
影響を受けてる素振りもない。
こちらの大自然に溢れるエネルギー、魔素に馴染んだばかりでまだ相手の力量が分からないのか?
引き連れたオークの集団を背にし、巨大な魔獣は一匹で前に出る。
周囲を嗅ぎ、弟の身体を見つけたようだ。
オークは震え、大きく吠え、振りかぶった拳をハンマーのようにショータの真上に振り下ろした。
オークの魔力の放つ気迫と圧に、思わずJr.の脳はこの後の悲惨な姿を思い描く。
目を覆いかけたと同時、破裂音と共にその巨大な拳は弾き飛ばされ、その勢いにあの巨体が僅かに浮いた。
Jr.は目を疑った。
溢れる魔力は力のバロメーターだ。
魔力の根源、魔素に身体が馴染んだだけの人間がなぜ?
あの"魔力"を纏った拳を?
生身の拳で弾き返せるんだ?
そのショータは何やら吠え、足元は若干沈んでる。
それが意味する事は"魔力"ではなく単純な"腕力"で弾き返したということ。
Jr.の心は踊り、確信する。
間違いない!
彼こそが"鬼"だ!
2人の殴り合いは止まらない。
埋まらないリーチの差にショータは防戦一方…と言うのが正しいのか分からない。
拳を拳で弾き、迫り来る拳をまた殴り弾く。
弾かれる毎にオークの指はひしゃげ、骨が飛び出すがそれを即座に異常な回復力が補う。
何度も何度も、何度でも正面から殴り返すショータの気迫も凄まじかった。
拳を破壊出来てもほんの一瞬、頭や胴体、急所を狙おうにも相手の懐に入れない。
どうするんだ?
何か策はあるのか。
まずは攻撃手段を潰すつもりなのか。
膠着したかに思えた戦況は突然変わる。
オークが下から突き上げるように放った拳を追うようにもう一撃、地面から生えた土魔法の拳がショータの腹部に刺さる。
まずい、これでショータに隙が出来てしまった。
咄嗟に全身を固めて攻撃にそなえるショータ。
しかし追撃をするかに思えたオークは、黙ってショータを見ている。
すぐに2人は何か言葉を交わした。
しばらくの沈黙の後、オークがショータの目の前に寄り無防備に立ちつくした。
ショータが何やらジェスチャーをする。
相手の顔はショータより少し上にある事を伝えてるのか、自分の頭の上で手のひらを相手の頭の方へと軽く振る。
オークもそれを受けて自分の身体を一通り見ていた。
オークの巨体は、いつの間にかショータが少し見上げるくらいのサイズに変わっていた。
ようやくそこでJr.は気付く。
縮んだばかりか、先程までの禍々しい魔力のオーラが消えて去っていた。
そして最早自我など無いであろうはずのオークがショータと言葉を交わしている。
2人の殴り合いの迫力にばかり目が行き気付けなかった。
ショータが相手の拳を弾く度に、相手に施された魔術を、魔力を消し飛ばした?
膨れた身体は魔術の影響だろう、本来の姿に戻ったのか?
ショータは今とんでもない事をしている…
Jr.の興奮はピークに達しようとしていた。
2人はその後いくつか言葉を交わし、時折り笑い声を上げていた。
なんだなんだ聞こえんぞと窓ガラスにめり込むJr.。
ショータはオークに促すように手のひらを相手に差し出し、オークはそれに応えて手を握り返した。
知ってる、知ってるぞ!
あれは握手!
人間が行う、交渉成立時に行う儀式だ!
終わった!勝ったんだ!
流石だぞショータ!!
Jr.の尻尾の揺れが止まらない。
しかしJr.は知らない、2人共右利きで、今握手しているのは左手である事の意味を。
「うぉらぁあ!!!!」
「ブァア!!!!」
2人の殴り合いが再開された。
Jr.は最早理解が追いつかない、なんで穏やかな空気になった直後に殴り合うんだ?
ただただ2人の行動を眺めていた。
オークが縮み、至近距離から放てるようになったショータの拳が顔に届く。
それは相手も同様だ。
お互いがお互いの顔面を殴り合い、握った左手で相手を逃がさない。
膝が折れ掛けるショータを引き上げ、後ろによろけそうなオークは引き戻された。
骨のぶつかる鈍い音を数回響かせたところで2人は笑い出した。
"イカれてる"
Jr.にはこの熱い戦いを理解するには"漢"としての年月が足りないようだ。
"漢達"の殴り合いはすぐに決着が着いた。
オークの顔面への一撃を沿わせるように交わして、ショータのクロスカウンターが顎先を撃ち抜いた。
オークは糸が切れた人形のように力が抜け、ショータは握った左手を引き寄せ、身体を受け止めた。
そして空いた右腕を空へ向けて上げる。
漢同士の戦いはショータに軍配が上がった。
Jr.は急ぎショータの元へ飛び出した。
「…誰か手伝って、もう、ボロボロで動けない………」
オークを抱えたまま仰向けに倒れたショータ。
その衝撃にオークは目覚める。
「…………!!!…ソウカ…俺ハ、負ケタノカ…」
「"今回は"な。ハァ…ハァ…お前、強かったぜ。あの魔法で…畳み掛けられたらヤバかった…今度は万全な状態でや『ぬぉーーー!!!やったなぁ!!!凄いぞお主ぃーーー!!!!』
顔面に飛びつく毛球の弾丸。
全身で張り付くJr.の勢いを抑え剥がす力は最早ショータには残されてなかった。
震え、窒息している事にも気付かずスリスリし続けるJr.の姿にオークは自然と笑みをこぼし、そして天を仰いだ。
その表情は憑き物が落ちたように爽やかだった。
「た…すけ…………!!!」
「ブハハハ!…………完敗ダ…オ前ガ、我ラノ王ダ。」
その言葉が届く前に、王は微睡みに沈んでいった。




