微睡みの王
不幸な事故に高まる鼓動を何とか落ち着かせ、Jr.の母を担いで屋敷に連れて行き、2階の寝室に寝かせる。
屋敷の外に戻り待機させた大倉(仮)の取り巻き連中(以下豚)に一通り質問してみた。
豚共は言葉を話せないのか会話が成立せず、ずっとこちらに対して伏せて震えている。
幸い一匹だけ、カタコトだが会話が成立するのがいた。
その一匹は生き延びる為のアピールだろう、自身が治癒魔法を使えると言う。
連れて行き、Jr.に確認させて治療に当たらせる。
残りの豚達は屋敷の外で全員正座待機だ。
窓から見下ろし確認するとちゃんと座って大人しくしている。
うむ、よろしい。
アイツら基本呼吸でもブヒブヒうるさいし、ここには入れさせたくない。
「それで、だ。Jr.。俺のあの力はなんだ?あれがお前が授けるって言ってた力なのか?俺…人殺しになっちまったぞ…。いや、人じゃない、よな?セーフか?」
寝ている母の手を握り、心配そうに眺めながらJr.は答える。
『あれは…恐らくお主の身体がこちらに順応して得た力だ。やはり魔力適正が高かったのだろう。身体にマナが馴染み、あれほどの膂力を出せるのは正直想像以上だった。それにこちらは人間界とは違う。弱いのが悪いのだ。人間界のような法に裁かれる事は無い。それと、だが………力を与えると言ったのは…すまない、嘘だ。私にそんな能力は無い…出来るのは少しの元素魔法と、固有魔法の空間移動だけだ。』
まぁ…力に関してはそりゃそうだよな、そんな上手い話は無いよな〜…もっとこう、ファンタジーな…そっか、ちょっとがっかり…。
それより法に問われないなら良かった…昔の人間で言うところの、決闘や切り捨て御免…はちょっと違うか?
うん、アイツ婦女暴行犯だしな。
うんうん、俺が正義だ。
今はこれで納得しよう。
Jr.の母を見ると、治癒魔法の為に豚がかざした手からは淡い緑色の光が彼女を照らしていた。
険しかった表情も落ち着いて、顔色も良くなっている気がしてする。
「…………なんでそんな嘘をついたんだ?」
『数日前に保守派が一掃され、父が失権したのだ。このままでは命が狙われると、父は私達をこの地に匿って、1人で追手の注意を引いたのだ。その父は今どうなってるのかも分からない。私は無力で、何一つ家族の、父の助けになれない。そんな時に昔聞いた話を思い出したのだ。』
「鬼ってのを探して連れて来て、なんとかしてもらおうと、か。」
『その通りだ。すまない。そして、母上を助けてくれてありがとう。…そして恥を忍んでお願いする…父を…助けてはくれないか…!どうか、お願いします…!』
喋り方から育ちがいいのかプライドが高いのかと思えば、やはりそこそこの地位にいたのかこの子。
そしてなるほど、家族の一大事に助けたいとその思いのままに家を飛び出して、無計画に単身で異世界へ行き、その結果が俺か。
その上目の前で土下座までしている。
短期間の日本で覚えた知識か?何を見て来たんだこの子は…
くそ〜そんな風にお願いされちゃあ…俺だってよぉ…
「〜〜〜〜っ!……………はぁ…分かった分かった、顔を上げてくれ。俺はもうお前の下僕なんだろ?…それに乗りかかった船だ。俺が出来る事ならなんでもするよ。」
『…本当か!すまない、恩に着る、ありがどう…』
顔を上げたJr.は目から鼻からあらゆる汁を垂らしながらこちらを見た。
汚な可愛くて笑ってしまった。
「お前、見た目でかなり得をしてるな。」
『ぬぅ、笑うでない!こちらは真剣なのだぞ!』
悪い悪いと頭を撫でる、受け入れるJr.の尻尾は感情を表しているのかベッドをバシバシと力強く叩いていた。
俺も何でこんなに受け入れてるのか…
実際こっちに来てから身体が軽くて調子がいいばかりか、なんというか…"ハイ"になってる気がする。
"マナ"とやらの影響か?
「じゃあ次だ、お前ら豚共の事だが…」
「ブヒぃっ!」
治療させていたからすっかり忘れるところだった。
目を向け声をかけると身体を少し跳ねさせ、ガタガタと震えだした。
さっき自分のボス?を瞬殺した男だもんな、そりゃ怖いよな。
でも、誰の差金なのか、何をしようとしていたのか。
洗いざらい吐いてもらわないとな。
「さっきの大倉…デカブツがお前らのボスか?」
「オーク…ソウダ。私タチ、オーク。私タチノ事、分カル、ノカ?」
マジかよ聞いた事あるわこれがオークかよ。
確かに腰巻きに牙や髑髏のネックレスなんてセンス普通じゃねぇわ。
ゲームやファンタジーのモンスターじゃねぇか。
顔だけじゃなく名前まで似せてんじゃねぇよ元上司。
「おい、Jr.。地獄にオークなんているのか?俺の知識(ゲーム漫画)だと分からん。」
『いや、私も地獄の全てを知る訳ではないが…そもそもコイツらは悪魔ではない。色々と侵略してきた他次元の種族を奴隷にしたなどの話は聞いた事がある。恐らくどこかの種族だろう。』
鼻を鳴らして肯定する様を見せる治癒豚。
Jr.の言葉が正しいようだ。
他の次元を支配してきたってのはこういう事なんだな。
「私タチ、歯向カウ者、殺スヨウニ、命令サレタ。ココデ仕事シナイト、殺サレル。私タチ、死二タクナイ。」
コイツらにも事情があるってか…
それじゃ尚更人間界に支配の手を伸ばされたら…人間もコイツらみたいに扱われるのか?
たまたま俺は頑丈で、適正もあった。
それが無い人は、普通の人ならどうなる?
聞けば聞くほどとんでもない事に巻き込まれてるな俺…
「仕方ない、Jr.の企みに乗ってやろう。先ずはお父さんを探しに行かないと、だな?」
保守っていうんだからどんな考えかは知らないが、多分、積極的に侵略するとかじゃあないだろう、多分、きっと。
一掃されたって言ってるけどまずは話が出来るやつを…
「ブゴォーーーーーーーーーーーー!!!」
突然響いた叫び声は建物を、大気を震わせた。
なんだこの耳障りな鳴き声は…!
骨まで響きやがる!
「王ダ、我ラノ王ガ来タ…!私タチモウ、オ終イ!」
なんだって?オークの王?それなら仲間じゃないのか?
応援が来たのかと思えばコイツは治癒の手を止め頭を抱えて蹲っている。
「王ハ、何カ、サレタ。変ワッテシマッタ。アンナジャ、ナカッタ。モウ、前ト違ウ。兄弟、アナタ、殺シタ。多分、ソレ気付イテ来タ。モウ、モウオ終イ!」
ナニかされた、ねぇ…
大倉の兄貴か、そういえば元上司も会社の役員の息子とかだったな。
また思い出してムカついてきた。
窓の外を見下ろすと、すぐ下にいた他のオーク達も同じように怯えて平伏していた。
窓から見える木々から鳥が飛び立ち、徐々に振動が大きくなってくる。
これ、まさか行進で起こしてる地響きなのか?
だとしたらとんでもない数が来るぞ…!
一旦ここから逃げようとJr.を見るが、彼は母に覆い被さり守ろうとしていた。
…そうだ、こいつの動けない母ちゃんを担いで逃げるのは得策じゃねぇ。
…………よし、俺、腹を決めろ。
「Jr.、お前のお母ちゃんをしっかり守ってろよ。」
『……すまない…すまない!』
「大丈夫だ。すぐに戻ってくる。あと豚、治療を続けろ。」
「無意味ダ!ドウセ皆死ヌ!オ前デモ王ニハ勝テナイ!王ハ…王ハ……!!」
治癒豚は涙を浮かべながら声を張り上げる。
色んな思いが込み上げて来ているんだろう。
でもちょっとうるさいから、静かにしてもらおう。
優しく、しかし強めに肩に手を起き圧を掛ける。
「…安心しろ。もう目の前で無駄に誰か死なせねぇよ。お前の王様とお話してくる。手を止めるなよ?」
「ブ、ブヒィ…」
なんだその返事はふざけてんのか。
って、大見得切ったのはいいけど、話どころかさっきのように腹パン1発で黙らせられるかな。
腰巻きに牙や髑髏のネックレス、コイツら出で立ちからして蛮族っぽいし王ってかなり強いだろ。
あれ?そういえば治癒豚は全身布で覆ってたな?
まぁいいか。
屋敷の扉を抜けたら、断続的に響いてくる叫び声はひときわ大きく耳に刺さる。
イテェ…けどやっぱり俺おかしくなってるな。
手が震える。
なんだろう、ワクワクしてる。
怯え、へたり込むオーク達を背にし、木々の向こうへ向けて一息に吸い込み、吐き出す。
「うるっせぇーーーーーーー!!!!!」
「ブヒィッ!」
うおっ、すっげ…豚もだけど自分でもびっくりしたわ。
声は衝撃波を生み、目の前の木々が大きく揺れて大量の木の葉が舞い落ち、少しだけ視界が開けた。
残り僅かな枝葉の向こう、蠢くのが見えた。
丁度やって来たようだ。
メキメキと生木が折れる音。
大木を雑草かのように掻き分け、へし折り、姿が見えた。
少し大きめの個体だった大倉を基準に考えていた自分が甘かった。
10mはあるだろう大木の真ん中辺りに顔がある。
頭は猪、胴体はまるでキングコング。
なんだあの太い腕。
割り箸のように容易くへし折るのも頷ける。
現場でよく見たサイズ感、こりゃ生きたショベルカーだ。
重機が前後左右に数多のオークを引き連れて来た。
「ブルルルッ…ブァァーーーーッ!」
よだれを垂らし、焦点の合わない赤く光る目がカメレオンのようにギョロギョロ動く様が気持ち悪過ぎる…
喧嘩はビビったら負けだが、お前かなりいい線行ってるぞ。
気持ち悪くて俺ちょっと引いてるもん。
左右に不規則に動く瞳は周囲を見渡し、鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、地面に横たわる穴の空いた身体を見つけた。
「ブァ!ブァ!ブァ!ブルルルルッ!」
感情の昂りか、王は身体を震せる。
そうだ、そこに転がってるのがお前の弟だ。
どうする?
やったのは俺だ。
右腕を上げ、左手親指で自分を指す。
ジェスチャーは伝わるか?
王は俺を見つめ、徐々に呼吸を荒げる。
呼応するように周囲のオークが声を上げ、ゆっくりと王が前に出る。
応援団とか、ニュージーランドのハカとか、TVで見てたけど目の前でやられたらかなり効くなこれ。
「ブァ!ブァ!ブァ!ブァ!ブァ!」
「……ブォーァアアアアアアーーーーーー!!!!」
「おう!来いやぁーーーーーーーーー!!!!」
王は大きく振りかぶり、握った拳をハンマーのように振り下ろす。
その拳を俺の拳が弾き返す。
王の振り下ろした腕は殴り返された反動で背中まで周り、少し足が宙に浮いた。
こっちは反動で少し地面が沈んだが、いける!やれるぞ!
どうだこの野郎!!
弾かれた腕を見て驚いてるな?
どうだこれが人間だ!
舐めんなよ!
「どうしたぁ!?他は来ねえのかぁ!?」
周囲のオークを威嚇すると、見ると今にも飛び掛かって来そうな雰囲気だ。
しかし王は手を広げ部下達を抑えた。
なんだよ、一騎打ちでいいのか?
王様お前、"漢"じゃねぇか。
正面から王を見つめ気付く。
剥き出しの牙は傷だらけ、顔には無数の傷跡がある。
さっきまでラリってたのが嘘みたいに真っ直ぐな瞳、弟より男前じゃねえか。
くそ、お前も大倉そっくりなら気持ち良くぶちのめしてやるのによ。
お前らにも事情があるんだろうが、そりゃこっちだって同じだ。
今は自分を見失ってるみたいだし、まずは目を覚ましてやるよ。
「弔い合戦だろ。全力で来いよ、王様。」




