もう1発
爽やかな風が吹き、緑と土の香りがする。
俺が連れて来られてるのは地獄、なんだよな?
元の世界と何ら変わらないように思える。
その辺に生えてる花がちょっとだけケバい色してるけど…いやかなり。
「地獄なのか?ここが…」
『思ったのと違うだろう?ここは先代魔王様の支配が強かった地域だからな、穏やかで平和な方だぞ。』
「あっ!そこ、全然話聞いてないよ!?協力するとは言ったけど地獄に連れて来られるなんて!」
『……?職も失って明日の糧を得るのに困っていたように思えたが、何か困る事があるのか?』
くっ!可愛い顔して容赦なく痛いところを突いてきやがる!
「いや、それはそうなんだけど…」
『過ぎた事をウダウダ言うでない!私達はこれから、次代の魔王を目指すのだからな!さぁ行くぞーまずは我が家に寄ろう。そもそも家に繋げるはずだったんだが、座標がズレたようだ。』
待て待て待て待て待て
「待て!!!それこそ聞いてないぞ!!!魔王になるってなんだよ!?俺普通の人間だぞ!??」
初めて上げる俺の大声で身をすくめる悪魔猫はばつの悪そうな顔をしてまたもじもじしだした。
『だって…言ったら来てくれなさそうだし、それに!ほら!魔王になればこっちでやりたい放題好きに生きられるぞ!?こんなチャンス滅多に来ないぞぉ?』
小っちゃいコウモリのような羽をパタパタさせ、ぬふふと気味の悪い笑いを浮かべる子猫はやっぱり悪魔なんだな。
いくら可愛いとはいえ、こんな騙し打ちで説明が無いのは納得いかん。
「ちゃんと、一から、説明しろ。」
『…………へい。』
蝶を掴むように羽を掴み、眼前で凄むと流石に焦ったようだ。
それでも急ぎたいと言うもんだから道中に説明をしてもらう。
しばらくパタパタ舞った後、疲れたのだろう。
肩に乗り語りだす。
悪魔猫の名はフラウロスJr.。
かつての地獄は初代魔王が数の暴力と謀略で地獄をまとめ上げた。
以降初代魔王に歯向かう者、役に立たないと判断された者達は見せしめのように処刑された。
恐怖を与え更なる支配を強め、地獄を制圧すると次は他の世界への干渉を始めた。
魔力という特殊な技能を持つ悪魔に敵は無かった。
支配地を拡大し、次元を繋ぎ合わせ、繰り返し行われる侵略行為は俺の世界で一旦収まる。
魔力が存在せず、人間界へ顕現しようものなら魔王ですら身体が焼かれるような痛みに襲われた。
未知の脅威を前にして魔王は二の足を踏む。
しかしここで逃げるのはプライドが許さない。
様々な手法で干渉を試みると、ごく一部の人間となら一方的に繋がりを持てた。
囁き、そそのかし、言葉のみの干渉だ。
後に理由が判明する。
ここに既にいる神という種族の存在がこの人間界、人間達の精神的な防壁となっていた。
神の防壁は頑丈で、これを崩さねばこの世界を支配出来ぬと、干渉出来る範囲で様々な悪意を植え付けた。
魔王の思惑通り、人類は争い、憎み、神の精神防壁を自ら手放す者達が増えていった。
ゆっくりとだが確実に、病魔のように人間の心を蝕んでいる最中。
ふらっと現れたのが先代魔王。
どこから来たのか、誰もいままで見た事が無い、知らない悪魔。
一度だけ名乗ったその者の名は"鬼"。
鬼は生粋の戦闘狂で、初代魔王軍の精鋭達を片っ端から締め上げた。
彼の力は凄まじく、その様に憧れた悪魔達が次々と彼に従うようになった。
魔王軍からの離反者も増え、初代魔王は逃げるようにその姿を消した。
勝利に湧く配下達から持ち上げられ、鬼が魔王の座に着いてしばらく後、玉座に1枚の紙切れが残されていた。
"俺より強いやつを探しに行く"と。
国家運営は鬼の望むところではなかった。
そう、逃げたのだ。
フラウロスJr.の父は初期から鬼に仕えた為、彼の人となりはある程度知っていたしまぁ仕方がないかと諦める。
かつての鬼の側近、8人が代理として王の業務を行った。
平和も束の間、その内に攻撃的侵略派と保守的侵略派が対立する構図が生まれた。
保守派筆頭のJr.の父はその状況を憂いて、息子を地球に送り込む。
Jr.は戦闘力こそ無いが特殊な魔力を有していた。
何の制約も無く人間界にいられた。
「なんで?」
『ぬふふ、それは私の固有魔法でな…詳しくは教えられん。』
細かい事はさておき。
悪魔の結束の為には、やはり正当な王がいなければならないとJr.の父は鬼の創作を命じた。
誰も知らない、人間界を侵略し始めて現れた事からここが鬼の故郷と推察し探しに来たが影も形も見つからぬまま数日。
ようやく見つけたのが…
「俺か…」
『そうだ!恐らく私が見てきた中で1番こちらに馴染めるだろう人間だ。何せ!今まで!誰も!私を見てくれなかったからなぁ!!』
やめろ泣きながら襟首を掴むな揺するなシャツが伸びる。
「分かった分かった、大体の事は分かったよ。つまり、地獄っていうのは別の世界で、人間界?とも繋がってて、神様もいる。そして俺は地獄の王になれ、と。」
『元ヤンの割に理解が早くて助かるぞ。』
「ちょいちょい失礼だなこいつむかついてきたゾ♡」
Jr.を撫でくり倒しながらの道中は何もなく平和なもんだった。
話を聞き終える前に目の前には堅牢な壁に囲まれた要塞っぽい建物が見えてきた。
この子のご家族がそこにいるなら躾についてもお話しないといけないな。
「そうだ鬼って言えば、日本昔話でも出てくるし、確かにいるのかもな、鬼。あっ、力をくれる話はどうなったんだ?あと契約とか。何も変化を感じないぞ?」
『おぉ、そうだったな。そもそもだ。私が見えるという事は魔力の素養があるという事だからな。こっちの大気に含まれる濃密な魔素を浴びればすぐに目覚めるはずだ。魔力は自身の一部、目覚めれば使い方もすぐに分か…』
要塞の大きめな扉を開き、中を覗き込んだかと思えば肩を蹴るようにしてJr.は飛び出していった。
『母上!!!!』
Jr.の飛ぶ先に見えた光景を目にし、事態を認識した。
血塗れでグッタリしている豹のような動物を片手で持ち上げ、顔を覗き込む大男とその取り巻きがいた。
大柄な体躯に口からはみ出す大きな牙。
顔は豚と人を混ぜたみたいな…本当に人間じゃないのがいるわ…これコスプレじゃないんだよな?
そいつは飛び掛かるJr.を片手で軽く弾いた。
体重差考えろよ…いや、魔力がうんたらで何とかなるのか?
などと考えながらゆっくり歩いていくと大男がこちらに視線を向けた。
デカいヤツとの喧嘩もそれなりにしたけど、いや、それにしてもデカいなぁ…。
俺も180超えてるのに、こいつ余裕で2mは超えてるぞ。
…あっ。
『やめろ…い、今のお前じゃ無理だ、逃げろ!』
パァン!
Jr.の言葉が終わる前に一気に懐へ踏み込み、ドンっと腹に1発お見舞いする。
大男は口を開いて何か言い掛けていたが、その醜悪な面から言葉を発するのは俺が許さない。
恨むなら俺の目の前で母親という存在をいたぶった事、そしてパワハラ上司にそっくりな顔面を恨め。
「クソ大倉がぁ…でもスッキリしたわ。おいお前らどう見てもやり過ぎだぞ、話を聞かせ…」
ドサッと前のめりに倒れる大男。
倒れた大男の背中は骨が露出し、諸々の臓器も肉も吹き飛び大穴が空いていた。
大男がリーダーだったのか、取り巻き達は腰を抜かしてへたり込む。
大男の後ろにいた豚面だけは全身にモツと体液を浴びて硬直している。
俺も硬直している。
俺、ヤっちゃった……………?




