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【一般】現代恋愛短編集 パート2

二度と話しかけるなって言われたのでその通りにしていたら何故か話しかけて来た

作者: マノイ

「あ、あの、深山(みやま)さん……」


 ある日の昼休み。

 深山と呼ばれた女子高生に、男子生徒が話しかけて来た。


「あぁ?」

「っ!」


 深山は威圧するかのように不機嫌そうに反応し、男子生徒は一瞬たじろいだ。

 だがそれでも逃げることはせずに話を続けようと口を開こうとした。


「そ、その、僕……」


 落ち着きがなく体を動かし、そわそわし、体の前でせわしくなく両手の指を絡ませ合う。言葉もスムーズに出て来ず、いわゆるキョドっていると表現するに相応しい感じだった。


 そんな男子生徒に向かって、深山は苛立ちを全く隠さずにきつい口調で厳しく対応した。


「私はあんたみたいなオドオドしてる奴が大っ嫌いなんだよ。二度と話しかけるな!」

「!?」


 明確な拒絶に男子生徒は驚愕で目を見開き、すぐに彼女の言葉の意味を理解して肩を落として悲し気に彼女に背を向けた。


「うっわ斑鳩(いかるが)君カワイソ」

「あそこまで言わなくても良いのに」


 男性生徒、斑鳩が席に戻ったタイミングで、深山に二人の女子が話しかけて来た。


「ふん。男なんてのはビシっと言わなきゃいつまでもしつこく付きまとってくるから、あれで良かったんだよ。それにあれだけはっきりと言えばもう期待なんかしないだろ」

「それもそっか。確かに男子って断っても中々諦めないもんね」

「マジうざい。身の程を知れって感じ」

「そういうこと」


 斑鳩は別に告白してきたわけでもなく、ただ話しかけて来ただけなのにこの言いよう。

 深山としては斑鳩の恋心を察したがゆえの対応だったのかもしれないが、それでも教室で多くの人が見ている中での拒絶はやりすぎだったのではと感じている人も何人かいるようだ。尤も、彼女の友人達は彼女と似た感性であるようだが。


「そもそも私はもっと男らしくて格好良い奴が好きだしな」

「根暗陰キャなんてお呼びでない」

「普通そうだよね」


 女子と話をするだけで緊張してまともに話せないような男など、タイプで無いどころか嫌悪の対象ですらあった。あまりの相性の悪さを考えると、確かに斑鳩にとってきっぱりと明確に拒絶されたことは諦めやすいとも言えよう。だとしても、もっとやりようはあっただろうが。


 口が悪い女子が、話しかけて来たクラスメイトの男子をこっぴどくフッた。

 そのことに驚いた者は居たけれど、斑鳩が約束を守り『話しかけない』ようになり二人が関わらないようになったからか、このことはすぐに忘れ去られるようになる。


 はずだったのだが。


ーーーーーーーー


「うう、お腹が……」


 ある日の夜中。

 斑鳩は突然の腹痛に悩まされてトイレに駆け込んだ。


「こんな時間におでんを食べようとしてバチが当たったのかなぁ」


 彼がいるのはコンビニのトイレ。

 ふと湧きあがってしまった禁断の夜食の欲望に耐えられずに近くのコンビニに向かったところ、突然お腹がゴロゴロと鳴り出して慌ててトイレを借りたのだった。


 幸いにもただお腹を壊していただけであったため、時間をかけて出すものを出したらスッキリした。


「ふぅ、落ち着いた」


 腹痛との奮闘による疲れによって空腹感は更に増大した。しかしお腹を壊しているのにおでんを食べて良い物だろうかと悩みながら斑鳩はトイレを出る。


「金を出せ!」

「え?」


 するとレジ前に一人の男が立っていて、包丁を店員に突きつけているではないか。


「(コンビニ強盗!?)」


 深夜のコンビニ。

 店員は年老いた男性一人。


 狙ってくれと言っているようなものだ。


 そんな緊迫の場面を目撃してしまった斑鳩。

 ここでの正しい行動は、物陰に隠れつつ警察に電話することだろう。


「何してる!」

「!?」


 しかし斑鳩は大声を出してコンビニ強盗を威嚇した。

 驚いて振り向いた強盗は店員と同じくらい年老いた人物で、斑鳩の登場に動揺を隠さない。


「刃物を捨てろ!」


 斑鳩は近くの棚に置かれていた酒瓶を手にして、コンビニ強盗に迫ろうとした。


「くっ!」


 するとコンビニ強盗は慌てて逃げ出した。


 別に斑鳩は義憤に駆られて無謀な戦いを挑もうとしたわけではない。


 最初に大声を挙げたのは、他に人がいると分かれば逃げるかもしれないと思ったから。

 武器(酒瓶)を持って近づこうとしたのは、相手が動揺していたからそれで怖がって逃げてくれないかと思っただけで、逆上して向かってきたら逃げるつもりだった。


「大丈夫ですか?」


 斑鳩は強盗に迫る勢いのままレジ前まで移動すると、強盗の背を視線から外さずに店員に声をかけた。


「は、はい、ありが……」

「危ない!」


 店員からの感謝の声は遮られた。

 それは斑鳩の視線の先に、強盗以外の人影が見えたから。


 強盗が店を出ようとしているが、その先に若い女性が立っていたのだ。


「止まれええええ!」


 このままでは強盗がその女性に斬りかかってしまうかもしれない。

 そう案じた斑鳩は全力で男を追い、後ろから羽交い絞めにした。


「うわ!うお!放せ!放せええええ!」


 包丁を持ったまま暴れようとする男を、斑鳩は必死に抑え込んだ。

 男は体力も力も全然無く、すぐに息を切らしてしまう。


「えい!」


 斑鳩は男を地面に倒し、包丁を持っている手を足で思いっきり踏んでソレを手放させ、そのまま馬乗りにして拘束する。


「店員さん!警察を呼んでください!」

「は、はい!」


 後はこのまま警察が来るまで抑えていれば解決だろう。


「(こんな無茶をして、色々な人に怒られるだろうな)」


 いくら相手が老人であるとはいえ、包丁を振り回すような相手に飛び掛かるだなど絶対にやってはいけないことだ。女性が傷つくかもしれないと思ったとはいえ、危険な行為すぎて怒られるのは間違いないだろう。


 そこまで考えて、斑鳩は女性のことを思い出した。


「だいじょ……」


 男を抑えながら周囲を確認すると、女性はまだ近くに立っていた。

 突然のことに驚き動けないでいる様子だ。


 そんな彼女に声をかけようとした斑鳩だが、すぐに口を閉ざして視線を逸らし、男を抑えつけることだけに専念する。


「い……斑鳩?」

「…………」

「ええと、その、た、助けてくれたんだよな」

「…………」

「サンキュ、な」

「…………」

「斑鳩?」

「…………」


 その女性は斑鳩に向けて感謝の言葉を告げるが、斑鳩は何も答えようとはしない。


「(話しかけちゃダメだ。話しかけちゃダメだ。話しかけちゃダメだ)」


 何故ならばその女性には二度と話しかけてはならないから。


「な、何か言えよ。斑鳩」

「…………」


 自分が言ったことを忘れたのか、あるいはこんな時ですらその約束を守ろうとするだなんて思わなかったのか。


 深山はその場で困惑するばかりであった。


ーーーーーーーー


「はぁ……」

「珍しい。深山がそんな悩ましい深い溜息吐くなんて」

「いっつも能天気そうなのにな」


 教室にて、机に頬杖をつきながら視線が定かではない深山に、友人女子二人が話しかけて来た。


「はぁ……」

「おいおい、マジでどうしちまったんだ?」

「恋する乙女みたいな反応しちゃってさ」


 二人が話しかけても深山は反応が無く上の空。


「え、マジ?」

「その反応マジでそういうことなの?」

「あの深山が?」

「相手は誰だ!?」


 姦しくしても反応しない深山を女子二人が観察すると、深山が時々ある方向に視線を向けることが分かった。


「マジかよ」

「そんなことある?」


 その視線の先には斑鳩がいた。

 深山は斑鳩の方を時折見ると、その度に頬を赤くして溜息をつくのだ。


「そういやあいつ、コンビニ強盗を撃退したとか言ってたな」

「今度警察に表彰されるかもってやつでしょ。あれマジだったの?」

「分かんねーけど、マジだったのかも」

「なんで?」

「こいつ、夜中にコンビニに行くってウチらに言った後、音沙汰なかったじゃん」

「行くの止めて寝落ちしたんじゃね? よくあるじゃん」

「そう思ってたけど、もしかして、本当にコンビニに行ってあいつの格好良いシーン見ちゃったとか」

「それで恋に落ちたってか。何それドラマじゃあるまいし」

「ははっ、だよな」


 二人とも冗談のつもりで話をしていたのだろう。

 だが『あいつの格好良いシーン』のくだりから、深山の様子がどうにもおかしい。


 顔を両手で覆うようにして、身体をクネクネし始めたではないか。


「「…………マジか」」


 どうやら自分達の冗談が事実であったらしいと、深山の反応が教えてくれた。


「まぁでも、深山がこれだけヤバイ反応をしてるってことは、それだけ衝撃的なことがあったってことだろうし、信じるしかないか」

「でも相手はあの斑鳩だよ?」

「問題はそこなんだよなぁ。どう見てもタイプじゃないだろうに。マジで何があったんだよ」


 こればかりは強盗の現場に居合わせていなければ納得できないことだろう。 

 それだけ普段の温厚な斑鳩と勇敢で格好良い姿はマッチしないものだったのだ。


「でも深山。らしくないじゃん。深山なら惚れたら猛アタックしそうなものなのに」


 その言葉に深山の身体がピクっと動いた。

 そして顔を隠したまま、か細い声で答えた。


「口をきいてくれない」

「「は?」」

「二度と話しかけないでって言ったから……」

「「あ~」」


 そんなこともあったなと、二人は今になって思い出した。

 それほどまでに、当時のことは二人にとって一過性の事であり印象に残っていなかったのだ。


「それってなんか陰湿じゃね? せっかくこっちが話しかけてやったのに、話しかけるなって言われたから無視するとか性格キモすぎだろ」

「ただのガキじゃん」


 二人にとっては斑鳩が意地を張っているようにしか思えなかった。

 だが恋する乙女にその言葉は厳禁だった。


「おいコラ!あいつのことを悪く言うんじゃねぇ!」

「うお、キレんなって」

「そうそう。つーか、マジ重症」


 好きな相手の事を悪く言われてブチキレる深山。

 これにより三人の仲が悪化することもありえそうだが、二人は深山の面倒さを嫌悪することは無かった。


「なら私が聞いて来てやるよ」

「え?」

「あいつが本当はどんな奴なのか、それが分かれば深山も目が覚めるだろ」

「ま、待っ!」

「はいダメー」

「放せ!」


 女子の一人が斑鳩に話を聞きに行き、もう一人が深山を封じる。

 現実を分からせて夢から覚めさせてやろうという余計なお世話だった。


「よう斑鳩。ちょっと良いか?」

「何かな?」


 相手が深山ではないため、斑鳩は普通に反応した。

 さっきまで三人が騒いでいたのに、どうやら聞いていなかった様子だ。


「何で深山と話をしてやらないんだ?」

「二度と話しかけないでってお願いされたからだよ?」


 突然の質問に、斑鳩は『何でそんなことを聞くのか』とでも思ったのか、キョトンとした顔をして答えた。


「でも深山から話しかけて来たんだろ。だったら話をしてやりゃ良いじゃん」

「…………」


 女子の言葉に、斑鳩は少しの間何かを考えた。


「なるほど。佐野(さの)さんも優しいんだね」

「はぁ?」


 佐野とは斑鳩に話しかけて来た女子のことである。


「だって僕が気に病まないようにフォローしてくれてるんでしょ。あるいは深山さんがそうしてってお願いして来たのかな?」

「…………意味が分からない」

「大丈夫だよ。分かってるから。僕に厳しいことを言っちゃったから、僕が気にしないようにって話しかけてくれようとしてるんだよね」

「はぁ!?」


 深山は斑鳩に『二度と話しかけないで』ときつい口調で厳しいことを言ってしまった。

 それによって斑鳩が傷ついたかと心配し、向こうから話しかけてきたり友達にフォローしてもらおうとしている。


 斑鳩はそう考えていたのだ。


「気を使ってくれてありがとう。でも僕は大丈夫だから気にしないでって深山さんに伝えてくれる?」

「いや別にそういうんじゃないって」

「あ~そっか。気を使ってるって僕にバレたら更に僕が気にしちゃうもんね。ごめん今のは忘れて」

「あ、ダメだこれ」


 ここでどれだけ否定しても、それは斑鳩に気を使って本心を隠していると思われてしまう。かといって肯定してしまったら、斑鳩が可哀想だから深山が情けをかけて話しかけてくれようとしていることになってしまう。


 それならばと佐野は違う方向で攻めてみることにした。


「深山がお前に気を使ってるのが分かってるなら、話してやれば良いじゃん」

「ダメだよ」

「何でだ?」

「だって深山さんは僕みたいな人に想われるのは迷惑だから」

「うっ!」


 深山ははっきりと言った。


 『あんたみたいなオドオドしてる奴が大っ嫌い』


 嫌われていて、話をすることすら嫌で嫌でたまらない。

 そう思われていると分かっているから斑鳩は『二度と話しかけない』という約束を律儀に守って距離を取り続けていた。


「深山さんに嫌な想いはさせたくないからね。さっきは忘れてって言ったけど、やっぱり伝えてくれる? 僕は本当に大丈夫だから気にしないでって」

「お前……」


 佐野は理解した。


 斑鳩は決して陰湿な気持ちで深山と話をしないわけではないのだと。

 むしろ深山のことを本気で大切に想っているからこそ、彼女を傷つけたく無くて言いつけを守っているのだと。


「(これ詰んでるじゃん)」


 どれだけ弁明しても、斑鳩を嫌々ながらフォローしてくれているのだと受け取られてしまう。

 そして斑鳩はそれを良しとせず、深山の気持ちを慮って話をするつもりが全く無い。


 想像していた以上に真剣で真摯な想いを知り、佐野はつい反射的に聞いてしまった。


「あいつの何処が良いんだよ」

「顔かな」

「は?」


 いきなり俗っぽい答えが返ってきたことに佐野は思わず顔を顰めてしまう。


「だって普通、接点が無い相手を好きなるって言ったらそこじゃない?」

「…………そりゃそうか」


 部活などで話をしていく中で恋心が芽生える、なんてのは理想かもしれないが、相手を気になるきっかけが顔というのは別におかしな話では無い。佐野だってイケメン男子と付き合いたいと思っているのだから、それを邪だと思うのは変だろう。


「でも今は性格も大好きだよ」

「はぁ?」

「だって僕が後を引き摺らないようにきっぱりとフッてくれて、しかも大っ嫌いなはずなのにこうしてフォローしてくれるんだもん。とっても優しくて素敵な人だよね」

「うぐっ!」


 きっぱりとフッたのは、付きまとわれるのが嫌だったからなだけ。

 それなのに話しかけるようになったのは、今更好きになったから。


 深山はあくまでも自分本位な考えで行動しているにすぎない。

 佐野はそのことを知っていた。


 だがそのことで斑鳩は深山に優しい人だという幻想を抱いてしまい、より好きになってしまっていた。

 そしてだからこそ深山のことを想って強硬に話をしようとはしない。


「な、なるほどな。分かったよ」


 佐野は頬をひくつかせながら、深山の元へ戻る。

 そして彼女の肩に優しく手を置いた。


「諦めろ」

「うわああああああああん!」


 どれだけ悲しもうとも、自業自得であるため助けてくれる人はいなかった。


ーーーーーーーー


「元気出せよ」

「そうそう。男なんて山ほどいるし」

「つーか、吊り橋効果とかそんな感じのやつだろ」

「付き合ったら付き合ったでつまらない奴だって」


 コンビニ強盗事件から数日後の放課後。


 肩を落として歩く深山の両脇を、友人女子二人が挟んで慰めながら歩く。


 好きになった男と話すら出来ない現状に心を痛めている深山を心配した友人が、気分転換にと街へ遊びに誘ったのだ。


「そ、そうだよな」


 毎日しつこく慰め続けたかいあってか、多少は元気が出てきたようだ。


「というか自業自得なんだから、普段の態度から改めたら?」

「うぐ!」

「そうそう。また同じようなことして逃しちゃうよ」

「そ、それはお前らだって同じだろ!」

「だよな~、今回の件でちょっと反省したわ」

「私も私も」

「…………妙に聞き分けが良いな」


 決して性格が良いとは言えない三人だった。

 口も態度も悪く、少なくとも男子から好かれるようなタイプでは無いだろう。


 斑鳩がレアケースなのだ。


 そしてその欠点を指摘されたら逆ギレして徹底して反抗する性格。


 それなのに二人とも、普段の態度を変えようと反省したと言い出すでは無いか。

 そこに不自然さを感じ、裏があるのではと疑い深山は問い質そうとしたが、その足がピタリと止まった。


「どしたん?」

「何か……あ」


 二人が深山の視線の先を見ると、そこには斑鳩の後姿があった。


「斑鳩君じゃん。遊びに来てたのかな」

「どうする?迂回しよっか?」


 せっかく斑鳩のことを忘れて遊ぼうと思って街に来たのに、それが裏目に出てしまった。

 仕方なく別の方向へ向かおうと深山を引っ張ろうとする二人だが、そんな三人はある事件を目撃することになる。


「スリだ!」

「チッ!」


 突然斑鳩が叫ぶと、斑鳩の前を歩いている男が逃げ出した。

 人混みを強引に割って逃げようとする男だが、すぐに斑鳩に捕まえられてしまう。


 男は振り返って抵抗しようとするが、斑鳩は男の足を払って地面に倒した。


「体育の柔道が役に立った」


 今日の授業で足払いの練習をしていたからか、身体が勝手に反応して男を倒したのだった。


「いででで!くそ!」


 斑鳩は男の背に乗り動きを封じ、男の身体をまさぐり財布を取り出した。


「お婆さん!そう、あなたです!これ盗まれましたよ!」

「まぁ!」


 斑鳩は前を歩いていた男が更にその前を歩いていた老婆から財布を盗む瞬間を目撃したのだ。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。取り返せて良かったです」


 老婆を安心させるために、斑鳩は男を全力で抑えつけながらも、満面の笑みを浮かべた。


「~~~~!」


 またしても斑鳩の雄姿を目の前で見てしまった深山が、またしても惚れてしまうのは仕方ないことだった。


「なるほどね。こりゃあ確かにヤバいわ」

「ヤバすぎ。深山もこうなるね」


 そして斑鳩に対する好感度が上昇したのは深山だけではなかった。


「やっぱり私がもらっちゃおうかな?」

「は!?」

「だったら私も黙って無いよ?」

「はああああ!?」


 深山の両脇の二人が斑鳩を狙おうとしているではないか。

 流石にそんな話を聞かされては、深山はトゥンクしている状況では無い。


「じょ、じょじょ、冗談はよせ!」

「冗談じゃない」

「そうそう。元々狙おうかなって話してたし」

「どういうことだよ!」


 てっきり二人は深山の味方だと思っていた。

 そうでなくとも、斑鳩への好感度は底辺レベルなので恋のライバルになるはずがないと思っていた。


 しかし二人の斑鳩に向ける視線は、そうと思われてもおかしくない程のものだった。


「いやさ。深山がそんなに入れ込むだなんて斑鳩ってどんな奴なのかって気になったのよ」

「だから自然とあいつの行動を追うようになってた」

「んで良く見るとさ、あいつ陰キャというより大人しいだけで普通に面白いんだよね」

「深山ん時は緊張してアレだったけど、話し方普通だし話題も豊富」

「女子に対してやらしい目で見て来ないし」

「むしろ紳士」

「顔も格好良くは無いけどちゃんと肌や髪の手入れしているし」

「そんでめっちゃ優しい」

「だから悪くないんじゃねって思ってた」

「深山がダメなら狙っても良いんじゃね?」

「ダメに決まってるだろおおおお!」


 なんと自分が惚れてしまったことで、斑鳩は友人達の興味を惹き、彼女達も惚れそうになってしまっていたのだった。深山との恋愛が成就していたのならまだしも、成就しそうになく他の人にもチャンスがありそうな状況というのがまた深山にとって最悪であった。


「そんなお買い得な斑鳩君に、あんな勇敢なところ見せられちゃあ、ねぇ」

「女として黙ってられるわけがない」

「や、やめ……」

「どうせ深山は話をしてもらえないし」

「もらっちゃおっか」

「うわああああああああん!」


 深山にとって幸運だったのは、二人がまだ(・・)本気では無かったということだろう。

 深山にプレッシャーをかけて本気で動くように後押しする。


 相手の良さを知ったからこそ、本気でフォローしてあげようとしてくれた。


「これでダメだったら本気で狙っちゃうからな」

「その時は負けない」


 それでも深山がぐずぐずしているのであれば、二人は容赦なく斑鳩にアピールするだろう。

 少なくとも己の自分本位な性格を変えようと考えているくらいには本気である。


 深山に残された時間は少ない。


ーーーーーーーー


「ほんっとうにごめんなさい!」


 放課後の空き教室。

 深山は斑鳩を強引に連れ込み、頭を下げた。


「本当は斑鳩のことなんか何も考えてなくて、遠ざけたくて二度と話しかけるななんて言ってしまったんだ!」


 どうやら深山は己の正しい気持ちを斑鳩に伝えることにしたようだ。


 だが中途半端に伝えようものなら、斑鳩はまた『気を使ってくれている』と思い込んでしまうため全力だ。


「でも斑鳩のことが、す、す……好きになってしまったんだ! コンビニ強盗を倒した姿が格好良くてほ……惚れてしまったんだ!」


 深山は男らしくて格好良い奴が好き。

 斑鳩はそれとは正反対の男だと思っていた。


 だから大嫌い。


 しかし深山の男らしい姿を見てしまい、気持ちが変わった。

 この理屈ならば、斑鳩に気を使っているだなど勘違いすることは無いはずだ。


 だが一つだけ大きな問題がある。


「こんなのが自分勝手だなんて分かってる。勝手に拒絶して勝手に惚れて、斑鳩の気持ちなんて何も考えてない最低なことだ。本当にごめんなさい……」


 斑鳩にとって好きな人からの激しい拒絶は心を痛めるものだったであろう。

 だがそれをあっさりと撤回して好きになったから話をしたいだなんてあまりにも都合が良すぎる話だ。


 深山は本当は決して優しい人物などではない。

 自分本位な考えで相手に感情をぶつける、口も態度も悪い最低な女である。


 その本性が知られてしまえば、斑鳩から嫌われてしまうだろう。


 それでも、こうしなければ斑鳩の気持ちは得られない。

 好きから嫌いに反転してしまったとしても、そこから自分を磨いて好きになってもらう努力をしなければならない。


 そうしなければ、斑鳩は友人二人のどちらかに奪われてしまうかもしれない。

 それが嫌だと思う気持ちもまた自分本位かもしれないが、こればかりはどうしても譲れなかった。


「せめて……せめて話だけはしてくれませんか……」


 頭を下げたまま、深山はお願いする。

 謝罪やお願いをするなら相手の顔を見るべきだが、それだけの勇気はまだ出なかったのだ。


 思いを伝えてしまった羞恥と、嫌われたかもしれないという恐怖で体を震わせながら、深山は斑鳩の答えを待った。


「…………」

「(やっぱり許してくれないのかな)」


 斑鳩はまだ何も答えない。

 これだけ言っても『二度と話しかけるな』を律儀に守っているのだろうか。


 いやそんなことはない。

 深山の友人が観察したように、深山もまた斑鳩を観察していた。


 その結果、斑鳩がそんな陰湿な真似をするタイプでは無いことは分かっている。

 恐らくは斑鳩は言葉を選んでいる最中なのだ。


「(お願いします。アレだけは、アレだけはどうか……)」


 アレ、というのは、友人二人から言われた言葉だ。


『別に告るのは良いと思うけど、私だったらブチ切れる自信あるよ』

『そうそう。舐めんなって感じ』

『斑鳩君は怒らなそうだけど……二度と話しかけないで、って意趣返しくらいはするかもね』

『はは、なにそれ超おもしれぇ』


 嫌われても良いからせめて話くらいは出来るようになりたい。

 それなのにやっぱり話が出来なくなるだなど最悪である。


 だが斑鳩が深山のことを本当に嫌っているのであれば、その言葉が最高の仕返しであることは間違いなく、あり得る話だ。


 深山はぎゅっと目を閉じて断罪の言葉を待った。


「二度と話しかけないで」

「!?」


 その瞬間、深山の心は絶望に満ち、目から涙が一気に溢れ出る。

 それほどまでに斑鳩に嫌われてしまったのだと否応が無しに理解させられ、自分本位な態度がこんなにも悲惨な結果を生み出してしまったのかと反省してもしきれない。


 だが。


「なんてもう言わないで欲しいな。あれ、結構辛かったんだよね」

「え?」


 斑鳩は仕返しを選択した訳では無かった。

 てっきりダメだと思い込んでいたからか、そのことに深山が気が付くのは少しだけ時間がかかった。


「言わない! もう絶対に言わない! 斑鳩を、ううん、他の人を傷つけるような態度は絶対にとらない!」

「え!? ちょっ、そんなに泣いて!」

「うわああああああああん!本当にごめなさああああああああい!」

「深山さん!? あわわわ、どうしよう」


 号泣する深山と戸惑う斑鳩。

 そんな二人の様子をこっそり覗いていた女子は、どことなくがっかりした表情だった。


ーーーーーーーー


「ごきげんよう。佐野さん」

「あらまぁ深山さん。ごきげんよう」

「お二人とも、お早いのですね」

「なにこれ」


 ある日の朝、斑鳩が教室に入ると深山達が不思議な口調で会話をしていた。

 クラスメイト達に不審そうに見られているが全く気付いていない。


「斑鳩様。ごきげんよう」

「お鞄をお持ち致しますわ」

「席までエスコート致します」

「なにこれ」


 鞄を取られそうになったので斑鳩はさっと後退してそれを躱した。


「深山さん、何してるの?」

「わたくし達、身も心も改めて思いやりのある淑女を目指してますの」

「ますのって……深山さんはともかく、佐野さん達はどうして?」

「もちろんわたくし達も斑鳩様にご寵愛を頂きたいと考えているからですわ」

「ですわ」

「はいぃ!?」


 深山の気持ちは知ったが、佐野達の気持ちは知らなかった斑鳩は目を丸くして驚いた。


「僕は深山さん一筋なんだけどなぁ」

「でもまだお付き合いなされていないのでしょう?」


 二人の関係は保留という形に収まった。

 斑鳩は深山のことを変わらず好きだと言ったのだが、深山が自分本位できつめの性格を変えるから少し待って欲しいと自重した形だ。


 それならばと調子に乗ってアピールし始めたのが深山の友人達。

 色々と相談にのって励ましてくれた友人達の気持ちを深山は無下にすることが出来ず止められなかった。


「でしたらわたくしにもまだチャンスがあるということですわ。ということで、えい」

「あ、おいコラ! 斑鳩にくっつくんじゃねえ!」

「そうよ。それは淑女じゃないでしょ!」

「あらあらうふふ。手が滑りましたわ」

「止めろって言ってんだろ!」

「そうよ!卑怯でしょ!は・な・れ・な・さい!」

「あ~旦那様~」


 何故かいきなりハーレムモノが始まってしまった斑鳩だが、相手が男子から嫌われ者の女子三人とあっては羨ましがられるよりも奇異の目線で見られていた。


「ぷっ……あははは!」


 しかし彼女達が性格を変えようと努力する中で楽しい騒動を起こし続けることで周囲からの好感度が上昇し、結局斑鳩は定番の『爆発しろ』コールを受けることになるのであった。


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― 新着の感想 ―
相手の言う事を一途に守って、例えそれが自分の好意を寄せていた人でもそれを押し通す斑鳩くんは、とても純粋で可愛いですね‼︎
やっぱり、やるときはやるやつでないとだめなのね。 最後には誰が選ばれたのやらw
楽しく読ませていただきました。 しかし、斑鳩君って凄く面白いね!
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