Chapter6
「実際のところ、過去の貴女を消し去ろうとするエネルギー体についての対処は問題ない」
貴女が間に合えばだが、と付け足してくる技術班のリーダーを睨み付けるが、どこ吹く風といった様子で全然気にも留めておらず、淡々と話を続けてくる。
「問題なのは、その後の事なんだが」
「どういう事?」
「現在作成中の水晶球だが、これにより過去の貴女の消滅は免れるが—―それ以外の過去や別世界線への影響がどうなるかは予測不可能だという事だ」
一拍。彼の言葉が途切れ、その直後に鋭い視線が私を貫いた。
それは、こちらの覚悟を問う眼差しだった。
「別世界線の貴女が過去をなかった事にしようとする干渉—―それを防いだ結果、別の影響が出るかもしれない」
「それは……」
過去への干渉を防ぐ事で、別の時間軸や異なる世界線の未来を歪めてしまうかもしれない。彼はそう言いたいのだろう。
かつての自分を守るために、別の自分に良くない事が起きるかもしれない。
そんな矛盾を容認出来るのか—―
「それでも守らなくちゃ」
その言葉を口にするのに、躊躇いはなかった。
これから私達がやろうとする事は、一つの過去を守るために、別の過去を歪める可能性を孕んだ危険なものだ。
過去の自分を守りたいという願いと相反するものを抱えている。
「たとえ矛盾があったとしても、欺瞞だと誹りを受けたとしても—―未来に向かって駈け出したあの子をなかった事にはさせない」
それに、
「どんな理由があったとしても彼女に、あの子を否定させたくない」
だから止めるんだ。
そうはっきりと告げると、目の前の彼が驚いた表情で固まっていた。
もしかしたら躊躇すると思われたのかもしれないが、舐めないでほしい。
自分は完璧な存在じゃない。だからこそ、矛盾も相反する想いも全て受け止め、前へと進む活力にしてみせるんだ。
「……驚いたな」
予想通り、彼は驚嘆に打ち震えていたようである。
どうだ、と誇らしげにドヤ顔を決めていると、
「欺瞞なんて言葉、知ってたのか……」
「この件が落ち着いたらじっくり話しようか!?」
◆
「待って!」
まるで幽霊のように、私の腕をすり抜けていった少女に追い縋る。
しかし、彼女にはこちらの言葉が届いていないようで、どんどん距離が広がっていく。
――なんで、あの子が!?
かつて、頻繁に夢で見た光景。
いつしか、私の前世だと確信していた少女が、恐怖に染まった表情で逃げ惑っている。
夢で見た記憶の再現が行われていると気付いたのは、次の瞬間だった。
<――!! ――!!>
酷い剣幕で何かを叫んでいる男が、少女を追うようにして現れたのだ。
男にも見覚えがあった。
—―この男に――!
思考が記憶を掘り起こす最中、男が手にした猟銃を構える。
その直後、どのような結果が生まれるか、私は知っている。
夢の中で何度も何度も繰り返された光景。
怯えた少女が、男の罵声じみた叫びに思わず身を振り返らせた瞬間――破裂音を置き去りにして飛来する銃弾が口腔内を貫くのだ。
その際に前歯が粉々に砕け、痛みを感じる前に、視界が自らの鮮血で染まり—―いつもそこで目が覚めるのだ。
これから起こり得る出来事に、無意識の内に身体が動き出していた。
こちらの脇を抜けて眼前に躍り出た男を瞬く間に追い越し、少女を庇うように両手を広げて立ちはだかる。
「させない!!」
その言葉にどれほど意味があっただろうか。
少女が私の腕をすり抜けた事を考えれば、男が放つ銃弾もまた、私をいないものとして通過してしまうだろう。
だからと言って、このまま何もせずにはいられなかった。
無駄だと分かっていても、理不尽に命を摘み取られようとしている少女のために何かしたかったのだ。
炸裂音が鳴り響き、思わず目を閉じてしまう。
どこにも痛みは感じられず、やはり駄目だったかと恐る恐る目を開けると、
「え……?」
少女を貫くはずだった弾丸が、私の目の前で静止していた。
正しくは、私の前に現れた光の膜に遮られているようだった。
何が起こっているのか分からなかった。
分からなかったが、やるべき事が突如として脳裏に浮かび上がってくる。
<――!?>
男が信じられないものを見たという風に表情を歪ませている。
右腕を横なぎに振るうと、虹色の粒子が舞い、男が糸の切れた人形のように地に伏した。
「おぉ……」
まじまじと右手を観察して、間抜けな声を漏らしてしまう。
自分でも不思議でしかたなかったが、どうやら少女を狙っていた男は深い眠りの海へと沈んでしまったようである。
「あ、あの……」
「うぇ!?」
自分が引き起こした不思議現象に気を取られていると、背後からの声に全身を跳ね上がらせてしまう。
振り返ると、こちらの様子に驚いて引き気味になってしまった少女が、口をもごもごさせていた。
こちらが見えていなかったはずなのに、先程の現象を境に認識されるようになったのだろうか。
何か言いたそうにしているので、彼女が口を開くのをじっと待っていると、怯えながらも鈴を転がすような声で、
「その……ありがとう……」
その言葉に何か応えようとしたが、それが果たされる事はなかった。
少女を含めた周囲の光景が、シーンが切り替わったかのように見る影もなくなってしまっていたのだ。
そして、視界に映る光景は、
「さっきの宇宙空間……?」
全天が流星群で彩られた黒い空間が再び目の前に広がるのを見て、先程の光景は幻だったのかと思いそうになる。
—―いや、確かにあれは現実だった……
時空間の歪みの中だったからなのか、私は確かにあの少女の前に姿を現し、その命を救ったのだろう。
随分と過去を変えてしまったと感じたが、後悔は感じられなかった。
少女を救った事で、未来は更なる分岐を生み、そこでは新しい苦難に見舞われる私が存在するかもしれない。
けど、大丈夫。
貴女なら乗り越えられると信じている。なんて、無責任かもしれないが、そんな想いが胸に溢れていた。
それに本当に助けが必要なら、今回の私達みたいに、自分勝手に、矛盾を抱えながらも、誰かが手を差し伸べるはずだと確信めいたものを感じていた。
そうやって、人は、世界は前へと進んでいくのだと、そんな感傷に耽っていると、
「あ」
今尚空を流れ行く星々を眺めていると、輝きが向かった先の光景が脳裏に浮かんできた。
ある者の所へ行き着いた光は、夢に向かって再び歩む勇気を与えた。
ある者には運命の出会いを与えるために、因果を少しだけ歪ませた。
ある者を目覚めさせ、推しが参加しているイベントが終了間際である事を気付かせ、最後の一押しを促した。
異なる時間、異なる場所へと降り注ぐ光の雨が、多くの人に祝福を授けていく。
本来であれば、彼らにこんなものなど必要ないのかもしれない。
だけど、私は目の前に広がる景色を尊いものだと感じていた。
どれだけの時間、その光景を眺めていたのだろうか。
気付いた時には、元の蒼に染まった世界へと帰還していた。
頬を伝う涙を拭う事もせず、どこまでも広がる青空を見上げていると、ふと懐かしい音が聞こえてきた。
世界が変貌を遂げてから、聞く事がなくなった規則的な電子音。
音の発生源は背後からだ。
引き寄せられるように振り返ると、電車が姿を消してからは作動する事がなくなった遮断機が起動していたのだ。
振り下ろされた遮断棒の向こう側に、陽炎のような人影がじっとこちらを見つめて立ち尽くしていた。
曖昧な輪郭だったが、不思議と視線が結ばれたのを感じて、無意識の内に手を差し伸ばしていた。
「—―――」
人影が何かを呟いたように感じたが、忽然とその姿は搔き消えてしまった。
電車が訪れる事はなかったが、電子音が止み遮断棒が持ち上げられていく。
幻覚でも見ていたような気になったが、網膜に焼き付いた姿があれは現実だったのだと知らせてくる。
「確かに――」
そう、確かに。
セーラー服に身を包んだ、白い肌の少女が、愛おしそうに微笑んでいたのだ。




