Chapter4
坂道を駆け下り、今はもう動く事もなくなった踏切を越えると目の前には果てしない大海原が広がっていた。
『――目標地点への到達を確認! 時空間の歪み発生まで300を切りました!』
オペレーターの声が届き、間に合ったのだと胸を撫で下ろす。
高層ビルを乗り越えて後もこちらへの妨害は後を絶たなかったが、ここに近付くに連れて徐々に間隔を広げていって、遂にはピタリと止んでくれたのだが、
――まだ、油断は禁物……
水晶球の起動に合わせて何かしらの妨害が起きないとも限らないので、気を緩める事は出来ない。
しかし、ここに至るまでに蓄積された疲労を少しでも和らげたい一心で、大きく息を吸い込み、呼吸を落ち着かせていく。
辺りに人の気配はなく、打ち寄せる波の音が静かに全身を包み込んでいく。
遠くに望む空には、本来であれば海中を自在に泳ぎ回る生き物達が、謎の原理で飛び回っている。
――今じゃこれが日常だけど……
随分と世界は変わってしまったと思う。
過去の自分に伝える事が出来たとしても、失笑を招くだけだろう。
だがこれが、今の私達が生きる世界であり、現実なのだ。
「昔に戻りたい、わけじゃないんだけどね」
今の生活もなんだかんだで充実しているのだ。
かつてに郷愁を抱く事はあっても、今を否定したいわけではない。
だから――私は別の世界線にいる私を理解してあげられない。
『――カウント100! 水晶球の起動準備、お願いします!』
環境も人間関係も何もかもが違うからこそ、世界は枝分かれしてそれぞれの道を進んでいる。
貴女がどんな過程を歩み、どんな後悔を抱いたのかは分からない。
正直なところ、理解しようとしても出来ない。
かつての私は、どんなに壁が高くても皆と共に乗り越え進み続けていたはずだと胸を張って言える。
今の私は世界が急変してしまった事で、かつての夢見た道とは違う場所を歩いているけど、それでも周りを言い訳にしたり、ましてや恨みを抱く事はなかった。
――けど、貴女は違ったんだね……
そうなってしまうだけの挫折があったのだろう。
支えてもらっていたはずの仲間との絆が途切れてしまったのかもしれない。
色々なものが貴女を押し潰そうとしたのかもしれない。
それらを知り得ない私が、理解を示そうだなどと烏滸がましい事は出来ない。
貴女が経験した全てが積み重なって、かつての自分を消そうという決断へと辿り着いたのなら――私は貴女の思惑を食い止めるだけだ。
けど、否定はしない。
その選択を決断した貴女を、間違っているなどど安易に否定したくない。
それを否定してしまったなら、貴女の道行きが――自分の人生が間違っていると拒絶してしまうようで、嫌だからだ。
『――時空間の歪みを観測! 水晶球の起動までカウント10!』
どんなに苦しい現実であったとしても、私にもあり得たかもしれない未来をなかった事にしたくはない。
そして、未来を夢見て駆け出そうとしているかつての自分を、例え自分自身であっても邪魔させる訳にはいかない。
「皆の願いと共に届けるよ」
手にした水晶球が虹色の輝きを放つ。
蒼に覆われた世界であっても色彩豊かな輝きを放つそれを掲げ、眼前の黒を見据える。
これは、私と仲間達の想いが込められた掛け替えのない宝物だ。
かつてとこれから、そしてあり得たかもしれないもしもに対して贈る祝福でもある。
貴女が放った『未来からの報復』は、私達の『宝福』で受け止めてみせる。
だから――
「届いて!!!!」
放たれた虹色の光が黒を貫いた瞬間、世界は光に包まれた。




