Chapter3
「ま、丸太と車ぁ!? なんでーーーー!?」
『――遡行するエネルギー体がこちらの動きを感知して、干渉してきたようだ!』
思わず叫んだ言葉に、即座に返答がインカムから届けられる。
別の世界線にいる私よ、どんな厄介なものを過去に送ったんだ、と抗議したくなったが、闇の中から次から次へと丸太や種々様々の車が落下してくるのを見て、疾走への集中を余儀なくされた。
落下してくるだけならまだ良い。闇の位置はこちらの後方で今も遠ざかっているのだから、吐き出された物がこちらを押し潰す事はない。しかし、私が走っている場所が悪かった。
――下り坂!
それもかなりの急勾配である。
地面に叩き付けられた丸太と車が跳ね返り、続いて落ちてくる物と衝突を繰り返しながらも、雪崩の如く押し寄せてくる。
しかもあろう事か、摩擦というものを置き去りにしてきたのか、滑らか過ぎるスムーズさで、斜面を下ってくるのだ。
坂道の途中で待避出来るような場所はなく、あったとしてもそこでやり過ごすだけの猶予はない。
呼吸する事すら忘れて、決死の思いで地を蹴り、全身を下へ下へと弾いていく。
坂道の終着点が迫ってくる。
巨大なビルに突き当たり、正面玄関前のロータリーから両サイドへと道が続いている。
そこまで辿り着けば、迫り来る妨害をやり過ごせるが――間に合いそうにない。
背後の気配のスピードが想像以上に早く、このままではロータリーに到着する前に丸太と車の雪崩に飲み込まれてしまう。
何か手はないかと、思考を総動員させていると、
「大丈夫だ! そのまま走れ!!」
ビル前からこちらへ駆け付けてくる姿が一つ。
仲間の中でも屈強な体格の持ち主が力強い踏み込みで近付いてくる。
野太くも優しさに満ちた声に導かれ、彼との距離を縮めていく。
すると、彼は急制動を掛けて、両足を肩幅に開いて踏ん張り、膝を落として両手を組み合わせる。
その姿勢で何をしようとしているのかを悟り、頷きを一つ送る。
掛け声はいらない。
阿吽の呼吸とはこれの事を言うのだろうか。
打ち合わせする事なく、為すべき事を為すために二人の動きが噛み合っていく。
彼との距離が数メートルまでとなった瞬間に踏み切り、彼の組み合わされた両手へと足裏を乗せる。
直後――
「「ジャーーーーンプ!!」」
示し合わせたかのように、二人の掛け声が重なり合う。
勢い良く振り上げられた両腕が頂点に達した瞬間に、力の限りの跳躍を行う。
風を切り、凄まじいスピードで高度を上げていく。
しかし、眼前のビルが高過ぎるためか、その半分にも満たない所で、重力の糸に身体を絡め取られる。それに、
――飲み込まれるんじゃ!?
打ち上げてくれた仲間が物量の濁流に飲み込まれたのではないかと、その身を案じて視線を下へ向けると、
「――あ……」
彼がいた場所が淡い光の粒子で包まれており、丸太や車がそれを飲み込む直前に霧散するのが見えた。
一方通行ではあるが拠点への空間転移が発動した際に生じる現象を見届け、彼が無事である事を理解する。
ならば、後は自分が置かれた状況を解決しなければならない。
上昇していた身体が静止したかと思うと、即座に地面に吸い寄せられるように落下を始める。
ビルまでは距離もあり掴めるようなものも存在しないため、為す術もなく無意識に舌打ちを響かせていた。
「任せとけ!!!!」
すると、ビルの中からくぐもった――それでいてこちらへとはっきりと聞こえる大音声が全身の肌を打つ。
直後。
分厚い強化ガラスを粉微塵に粉砕しながら、健康的なまでに肌をこんがり焼いた男が飛び出してきた。
位置は私から見て僅かに下で、こちらの落下軌道を捉えると、
「合わせろよ!!」
と、自信に満ちた笑みが挑発的に歪められる。
男が空中で錐揉みのように身体を捻り、全身のバネを使って旋回を始める。
両手で握られた木製のバットを見て、彼の狙いを理解する。
すぐさま姿勢を整え、足裏に確かな感触が伝わった瞬間に、膝を曲げて腰を落とす。
彼のバットが足場の代わりとなり、振り抜かれる勢いに合わせて跳躍する。
「打ち出せ青春!! カッキーーーーン!!!!」
暑苦しい雄叫びを眼下へ置き去りにして、一気に高度を押し上げていく。
小さくなっていく彼の姿が光に飲み込まれるのを見て、先の仲間と同様に拠点に回収されたようだ。
イレギュラー発生から陣形を組み直したにしては迅速過ぎる対応なので、元々この高層ビルを飛び越える事を前提にしていたのであろう。
だったら、
「――もう一人!」
「ん、任せて」
屋上まで残り3分の1程で失速してしまったので、もう一段階フォローが入ると察した私の視界に突如として線の細い少年が飛び込んできた。
「僕の力でもギリギリだと思うから――念のため気を付けてね?」
「大丈夫! 信じてるよ!」
「……ん。行ってらっしゃい」
少年が照れ臭そうに視線を逸らしながら、それでもこちらの手を掴み、重さを感じていないような素振りで上へとエスコートしてくれる。
「……ふわっ、ふわっ」
彼の呟きと共に手が離れ、拘束を失った風船のように私の身体が天へと持ち上げられていく。
先の二回と比べるとゆったりとした動きであったが、屋上まではあっという間に到着する。
丁度屋上の縁を越えた辺りで浮遊の力が途切れる。
自信なさげな感じではあったが、ピッタリの力加減に感服する。
「ありがとう!」
直接は聞こえていないだろうが、こちらをモニターしている拠点の方で聞いてくれてると信じて感謝の言葉を送る。
彼等のおかげで時間にも余裕が出来た。
後はこのビルの反対側から降りれば、目的地まで一直線なのだが、
「どうやって降りたら……」
さすがに身体能力が強化された身と言えど、この高さから飛び降りたら御陀仏に違いない。
皆の事だから、ここにも仲間を待機させてくれているだろうと視線を動かし、見知った顔を探す。
「お困りのようね?」
腰まで伸びた髪を風に靡かせながら、腕を組んだ女性が意味深な笑みを浮かべてこちらを待ち構えていた。
「なにやってんの?」
「いや、雰囲気作りよ雰囲気作り」
自分達の――下手をすればこの世界そのものの危機的状況だと言うのに、私の仲間は相変わらずのようで、その事に安堵感を覚えてしまう。
「それで、ここからどうしたら良いの?」
時間に余裕が出来たと言っても、この後も何かしらのイレギュラーが発生するかもしれないので、先を急ぐに越した事はない。
「そうね……こっちに来て、下を覗いてもらえるかしら」
手招きされ、屋上の縁から身を乗り出す。
あまりの高さに目眩を覚えてしまう。思わずバランスを崩して、そのまま転落してしまいそうになるのを必死で堪える。
「下に、何かあるの?」
「希望への道が続いているでしょう?」
視線を眼下に向けたまま問い掛けると、笑みを押し殺したような声が返ってくる。
いつまでふざけているのかと抗議の視線を送ろうとしたら、
「冗談はさておき――はい、これを持って」
と、水がなみなみと入ったバケツを手渡され、
「――グッドラック」
ぽん、と軽く背中を押される。
「え、ちょ、待っ――!」
たったそれだけで私はバランスを崩し、真っ逆さまに地面目がけてフリーフォールを開始した。
遠ざかる屋上では彼女が見事なまでのサムズアップでこちらを見送り、
「それの使い方、さすがに覚えてるよね?」
「あとで、覚えてろーーーーーーー!!!!」
恨みの籠もった叫びが宙に溶けていく。
その後、大地と熱烈な接吻を交わす直前にバケツの水を叩き付け、瞬く間に膨張した水のクッションが身体を受け止めてくれた事で事なきを得たのだった。
そして――




