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Chapter2

 蒼だ。

 澄み切った蒼が世界に満ちている。

 無窮の空。

 打ち寄せる波音。

 荒廃と繁栄が入り乱れる建造物や、肺を満たしていく空気までもが、蒼に染まっている。

 しかし、蒼以外の色が失われた訳ではない。

 全てが蒼のヴェールに覆われたような世界に変貌を遂げたのは、今から何年前だろうか。

 遠いような、もしくは最近だったかもしれない記憶を漁りながらも、私は全速力で駆け続けていた。


「もうちょっと! 余裕作れなかったの!?」


 腕をこれでもかと振り、足を前へと蹴り出していきながら、不満を露わにする。

 すると、耳元から申し訳なさそう――な呈を装った男の声が響いた。


『可能な限り、ソレの準備を急いだんだから許して欲しいんだが』


 通信機越しの声からは、間に合わせたんだから感謝して欲しいくらいなんだけど、と言わんばかりの口調で、


『というか、突貫作業で間に合わせたんだから感謝して欲しいくらいなんだけど』


 想像した通りの言葉が送り届けられてきた。

 彼の言う通り、技術班の仲間達が総出で作業して、ギリギリの所で間に合わせてくれたのだ。

 確かに文句を言うのはお門違いであると反省する。

 しかし、作戦の最終段階を担う身としては、もう少しゆとりを持って事に充たりたかったというのも正直な感想である。

 仲間達から託された虹色の水晶球を握り締めて、せめてもの抗議の意を放つ。


「ほんとっ! なんでこんな事になってるかな!」



 事の始まりは数日前だった。

 仲間達と共に拠点で日々に戦果を確認している所に、観測班の一人からある報告が上げられたのだ。


「別の世界線にいる私が……?」

「その、次元観測装置が捉えた情報を解析した結果、間違いないかと……」


 歯切れ悪く視線を彷徨わせている彼女が嘘をつくようなタイプではないことは、これまでの付き合いで理解している。

 彼女と共に来た者達も、疑念を払拭しきれていないようだったが、その表情は真剣そのものだった。

 ならば、今聞いた事は事実として受け止めなければならない。


 いくつもの分岐を繰り返した枝のように、世界は無数に存在している。

 その中の一つから、私と同位の存在が過去の自分へと悪意の牙を向けたらしい。

 どういう手法を用いたかまでは調査中ではあるが、時空間を遡行するエネルギー体が観測され、それがかつての――西暦2025年の私へと到達した場合――


「過去の私が、消滅するって訳ね」


 溢した言葉に、ただでさえ緊張していた空気が更に張り詰めていくのを感じる。

 皆が固唾を呑んでこちらの様子を伺っているが、その光景が却って冷静さを保たせてくれた。

 標的とされた2025年の私というのが、今の自分と地続きの存在であるらしい。

 過去の自分が消滅する。

 それが果たされたのなら、今この時間軸にいる私も存在しなくなるとう言う事だ。

 ならば、


「まだ時間の猶予はあるって事で間違いない?」


 確認の問い掛けに、眼鏡を怪しく光らせた白衣姿が一歩前に進み出て説明を始めてくれる。


「計算した結果、この時間軸上でおよそ50時間は余裕がある見込みだ」

「約2日かぁ……どうにか出来そう?」

「既に対策を講じているよ」


 眼鏡の縁を押し上げながら胸を張る彼の頼もしさに安堵を覚えていると、しかし、と表情を曇らせるのを見て、強烈なまでの嫌な予感が脳裏に鳴り響いた。


「対抗策はこちらで準備する。だけど、最後の決め手は君自身となるから――覚悟しといてほしい」



 その後、受けた説明は感じた嫌な予感が正しいと証明するものだった。

 私達に残された50時間というのは、過去の私が消滅するまでの時間ではなく、その要因である別世界線の私が放った悪意のエネルギー体への干渉が許されるリミットである。

 曰く、約50時間後にこの時間軸に出現すると計測された時空間の歪みに向けて、技術班の精鋭達が作成し、私を含めた仲間達の想いが込められた水晶球の力を放つ必要があるらしい。

 過去の私を害する負の感情に対して、守ろうとする意志をぶつけて対消滅を起こそうという事だ。

 その他にも根本的な解決に向けての機能を盛り込んだという事なのだが、詳しく説明したところで理解は難しいだろうという甚だ遺憾極まりないコメント共に伝えられたのは、


『細かい事は気にせず、とにかくそれを起動させて時空間の歪みの中に投げ込めば良いから』


 といった内容だった。

 皆が寝る間を惜しんで作業に取り組んだ結果、完成したのは刻限の2時間前。余裕があるように見えるが、実際の所はギリギリもいいところである。

 拠点から時空間の歪みが発生する場所まで掛かる時間は、およそ2時間。

 なので、水晶球が完成した直後には、全速力で目標地点へと急ぐ必要があった。

 しかも水晶球を起動出来るのが私だけとあっては、仲間の誰かに託す事は出来ない。

 車などの移動手段が使えれば良かったのだが、世界が変貌を遂げてからは、それまで当たり前のように利用していた乗り物の類は姿を消し、これまた気付いた時には備わっていた特殊能力や超人的な身体能力を駆使して走破しなければならない。


 ――残り30分――!


 腕時計型の端末に視線を送ると、ホログラムが起動して刻限までのタイマーと目的地までの地図が浮かび上がる。

 所々ひび割れたアスファルトに躓かないように注意しながら、目的地までの所要時間を計算する。

 正直、間に合うか微妙な所だ。

 一つでもイレギュラーな事があれば、作戦失敗という事になりかねない。

 そうならないように道中には仲間達が先行して待機中であると聞かされている。

 不測の事態に対してフォローに回ってくれるそうだが、その必要がない事を願うばかりである。


「――なんて、考えてると」


 フラグになっちゃうか、などと平穏でただ夢を追い掛け続けていた頃のような感想を抱いていると、


『――!? 背後の上空に時空の歪みを確認! 何かが転移してきます!』

「うっそ!?」


 秒速のフラグ回収に冷や汗が噴き出てくる。

 駆ける速度を維持しながらも視線を背後の空へと向けると、そこには蒼で埋め尽くされた世界にぽっかりと穴が空いたように漆黒の闇が存在していた。

 靄のように漂いながらも、空中に繋ぎ留められたそこから、溢れ落ちるように何かが吐き出されてくる。


「ま、丸太と車ぁ!? なんでーーーー!?」

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