異世界マヨラー
俺の名前は山田太郎、32歳独身。世間じゃごく普通の会社員とでも思われていたやろな。だが、俺は違った。俺はマヨラー。生粋の、筋金入りの、揺るぎないマヨネーズを愛する男やった。朝の食パンにはトーストしてからバターみたいにマヨネーズを塗って焼く「マヨトースト」。昼飯のカップ麺には「追いマヨ」。晩飯の唐揚げには当然、刺身にも、味噌汁にだってマヨネーズ。白い悪魔、それが俺にとっての至高の調味料、人生の唯一無二のパートナーやった。冷蔵庫には常に業務用の1kgマヨネーズを常備し、切らすことなど断じてなかった。
その日、俺のマヨラー人生は、最大の危機を迎えていた。冷蔵庫の業務用マヨネーズが、まさかの底を尽きかけていたのだ。全身から血の気が引く。このままでは、今夜の夕食にマヨネーズがかけられない。マヨネーズなしで飯を食うなど、死に等しい。
俺は鬼気迫る表情で、会社帰りに最寄りのスーパーへ走った。目的は一つ、業務用マヨネーズの確保や。しかし、俺の前に立ちふさがったのは、衝撃の光景やった。
「本日、緊急セール! 『幻の黄金マヨネーズ』、残りあと一本!」
そこには、俺が普段愛用する業務用マヨネーズの、金色に輝く限定ボトルが、たった一本だけ残されていた。そして、その周囲には、他の客たちが殺気立った表情で群がっていた。誰もがその「幻の黄金マヨネーズ」を狙っとるのが一目で分かった。
「くっ……! まさか、この俺が、限定マヨネーズ争奪戦に巻き込まれるとは……!」
マヨネーズへの執念が、俺の理性を吹き飛ばした。俺は人混みをかき分け、猛然と一本のマヨネーズ目掛けて突進した。
「俺のマヨネーズだぁぁぁぁあああ!!!」
その瞬間、隣にいた巨漢の男も、同じマヨネーズを掴もうと手を伸ばした。互いの手が、マヨネーズのボトルに触れる。ギチギチと、男と俺の力が拮抗する。男の腕は丸太のようや。俺の指が、ゆっくりとボトルから剥がされていく。
「くっそ……! マヨネーズが……! 俺の、俺のマヨネーズがぁぁぁぁあああ!!!」
マヨネーズが男の手に渡る寸前、俺は渾身の力を振り絞ってボトルを奪い返そうとした。その時やった。足元がぐにゃりと歪んだ。強烈な光が視界を包み込み、耳鳴りがキーンと響く。身体が宙に浮き上がっていくような、不思議な浮遊感に包まれた。
「ま……マヨネーズ……! 頼む、俺のマヨネーズ……!」
マヨネーズへの途方もない渇望と執着。それが、俺の身体をマヨネーズと共に光の粒子に変え、意識を彼方へと誘っていった。マヨネーズが砕け散ることもなく、ただ純粋な「欲」が、俺を異世界へと誘ったのだ。
目が覚めると、見覚えのない森の奥やった。木々の間から差し込む光、鳥のさえずり、そして土の匂い。スマホもない。財布もない。そして、何よりもマヨネーズがない!
「嘘やろ……なんでマヨネーズがないねん……!」
ここが異世界であると理解するのに時間はかからんかった。剣を携えた冒険者らしき一行や、ローブを着た魔法使いとすれ違うたびに、俺は絶望感を深めた。この世界には、マヨネーズという概念がないのだ。卵もある。油もある。酢もある。なのに、誰もマヨネーズを知らない。俺はマヨ欠の禁断症状に苦しみ、森を彷徨った。意識は朦朧とし、幻のマヨネーズを見るほどやった。
「マヨネーズ……マヨネーズ……」
指先が震える。マヨネーズを求める渇望が、身体の芯から湧き上がる。その時やった。掌に、意識が集中していくのを感じた。まるで身体の奥底から何かが、ねっとりと、しかし確実に、引き出されていく感覚。すると、俺の掌から、ゆっくりと、しかし確かに、白い液体がポコンと湧き出てきた。それは、まるで漆黒の闇に射し込む一筋の光、いや、まさに希望の雫やった。
恐る恐る匂いを嗅ぐ。
「この、芳醇な香り……!」
そして、指先で掬って舐める。
「……ッッッッ!!!」
この濃厚なコク、この滑らかな舌触り、そしてこの絶妙な酸味と旨味……! 間違いない、この至高の味は───!
「マヨネーズやんけぇぇぇぇええええええええええ!!!」
俺は雄叫びを上げた。なんと、俺にはマヨネーズを生成するチート能力が備わっていたのだ! しかも、頭の中でイメージすると、タルタルソースも生成できることが判明! 異世界で飢えることなくマヨネーズを摂取できる喜びに、俺は涙した。あのマヨネーズ争奪戦が、まさかこの能力の覚醒に繋がるとは、人生何が起こるかわからんもんやな。
数日後、俺は冒険者ギルドに登録した。食いっぱぐれないよう簡単な依頼をこなしながら、密かにマヨネーズの可能性を探っていた。俺の能力は、最初はほんの少しずつしか生成できなかったが、使うたびに量が増え、今ではタルタルソースと合わせてかなりの量を生成できるようになった。
今日のギルドの食堂メニューは、焦げ付く寸前のゴブリン肉の丸焼きと、土の香りがする塩茹でしただけの芋。シンプルすぎて、俺のマヨラー魂が悲鳴を上げる。
「なぁ、お前ら、この肉と芋、もっと美味く食える秘伝のソースがあるんやけど、試してみるか?」
俺がそう提案すると、向かいに座っていた屈強な戦士のガルフが、眉間のシワを深くした。彼の顔には「また胡散臭いこと言い出しやがって」と書いてある。
「ソース? なんだ、その白いドロドロは? 腐ってるんじゃねぇのか? 妙なもん食わせるんじゃねぇぞ、腹でも壊したらどうする。」
隣の、知的な雰囲気を纏った女魔術師のリリアも、顔をしかめる。
「た、確かに見た目がちょっと…怪しいわね。それに、この匂い、なんだか卵が強いような…。もしかして、毒物かしら?」
周りの冒険者たちも、遠巻きに俺の手元に注目している。「こんな奇妙なものを食わせるとは何事だ!」とでも言いたげな、警戒と好奇心が入り混じった視線が突き刺さる。だが、俺は確信していた。この白い液体が、彼らの味覚を根底から覆すことを!
「まぁまぁ、騙されたと思って一口食ってみろや。保証する、世界が変わるで。俺のマヨネーズは『白い悪魔』やからな。」
俺はにっこり笑って、ガルフの丸焼きにドバっとマヨネーズをかけた。ガルフは嫌そうな顔をしながらも、渋々それを一口ちぎって口に運んだ。その瞬間、彼の顔は驚愕に染まった。目を見開き、口元が微かに震える。まるで時間が止まったかのようやった。
「な……な、なんだ、これはっ!? う、美味いっっっっ!?」
その声に、食堂中がざわめく。リリアも半信半疑といった様子で、芋にかけたマヨネーズをフォークで掬い、恐る恐る口にした。
「っ……! これは……!」
リリアの瞳が、魔法の光を宿したように輝きを放った。
「信じられないわ! 塩と肉だけの味だったはずなのに、この濃厚なコクと酸味…! ゴブリン肉の臭みが完全に消えて、旨味が何倍にも増幅されてる! まるで、貧相な土の料理に、一筋の光明が差し込んだよう…! いや、これはもはや『料理』ではない!『美食』よ!」
ギルドの食堂は、一気に騒然となった。
「なんだと!? あのガルフとリリアがそこまで言うなんて…!」
「嘘だろ!? あの美食にうるさいリリアがそこまで褒めちぎるなんて!」
「俺にも食わせろ! どんな味なんだ!?」
冒険者たちが、我先にと俺の周りに群がってくる。俺はニヤリと笑い、次々にマヨネーズを振る舞った。
「うおおおおお! これが……これが人間の食い物か!?」
「くっそ、たまらん! これだけで酒が何倍もうまくなるぞ! 白い悪魔め!」
「俺はもう、白い悪魔なしじゃ生きていけない身体になっちまった…!」
「これ、剣に塗って攻撃したらどうなるかな?」
誰もが我を忘れ、マヨネーズをかけた料理を貪り食う。中には、皿に残ったマヨネーズを指で掬って舐める奴、パンに付けて頬張る奴、しまいには「酒のツマミにマヨネーズだけくれ!」と要求する奴までいた。その光景に、俺は至福の笑みを浮かべた。マヨネーズが、異世界の人々に受け入れられたのだ。この世界の味覚は、まだ原始的やったからな。
マヨネーズ騒動が一段落したところで、俺はさらなる秘策を繰り出した。
「お前ら、まだ驚くのは早いぜ。これは、マヨネーズの力を最大限に引き出す、もう一つの秘宝や!俺はこれを『至高の白』と呼ぶ!」
そう言って俺は、タルタルソースを生成した。刻んだピクルスと玉ねぎが混ざり合った、見るからに複雑なソースに、ギルドの面々は再びざわめいた。
「また妙なものを…! 今度は緑色の粒が混じってるぞ!」
「さっきの白い悪魔とは色が違うな…一体どんな効果が…?」
「これはな、魚にめちゃくちゃ合うんや!」
丁度、ギルドの依頼で釣り上げてきたばかりの巨大な川魚が焼かれていた。香ばしい湯気を立てる焼魚に、俺はタルタルソースをたっぷりとかける。甘酸っぱいピクルスの香りと、タルタルソースの酸味とコクが混じり合い、食欲をそそる香りが食堂中に広がる。
ガルフが、躊躇なくその魚に食らいついた。
「っっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
ガルフの顔が、もはや表現しようのない至福と衝撃の表情で固まる。そのまま、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
「な…なんやこれ……! マヨネーズだけでもすごかったのに、こ、これもまた最高やんけぇぇぇえ!!」
リリアも、恐る恐るタルタルソースをつけた魚を口にした。
「ああ……! この酸味と、このシャキシャキとした玉ねぎとピクルスの食感…! 魚の脂とこんなに合うなんて! マヨネーズ単体では成しえなかった、次元の違う美味しさだわ…! これはもう芸術よ!」
「俺、もうタルタルソースなしじゃ生きていけない…!」
「これがあれば、魚料理が毎日でも食えるぞ!」
ギルドの食堂は、狂乱の渦に包まれた。マヨネーズとタルタルソースという二つの「白い悪魔」と「至高の白」によって、冒険者たちの味覚は完全に破壊され、彼らの胃袋は俺にがっちり掴まれたのだ。
それからというもの、俺の周りには常にマヨネーズとタルタルソースを求める冒険者たちが群がるようになった。彼らは俺のことを「ソースの賢者」だの「白い神様」だのと崇めるようになった。依頼をこなせばマヨネーズが貰える、という噂は瞬く間に広まり、ギルドの依頼達成率は異常なまでに向上した。
最初は「頼むから一口くれ!」と懇願するだけやった彼らも、やがて「マヨネーズを報酬に加えてくれ!」とまで言い出した。ギルドのマスターは頭を抱えていたが、依頼達成率の向上と、マヨネーズを求める冒険者の熱狂ぶりに、ビジネスの可能性を感じ始めたようやった。
「なあ、山田。お前のその『白い悪魔』とやら、巷でもかなりの噂になっとるぞ。もうギルドの食堂だけで消費しとる場合やない。ワシが、商会のツテを使って、王都の貴族連中に売り込んでやる!」
マスターの目には、ギラギラとした金への欲望が宿っていた。マヨネーズの希少価値と、その味の衝撃は、瞬く間に王都の貴族階級にまで広まった。最初は「庶民の食い物など…」とバカにしていた貴族たちも、一口食べればその常識がひっくり返る。やがて、マヨネーズは貴族たちの間で「美食家の証」として珍重されるようになった。
俺のマヨネーズ生成能力は、ギルドを潤し、やがて街中の食卓に革命をもたらした。俺はマヨネーズとタルタルソースを本格的に製造・販売することを決意した。屋号は当然、あの憧れの企業名を冠して……
「キュー○ーマヨネーズ、ここに設立や!」
事業は飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大し、あっという間に莫大な富を築き上げた。俺の屋敷は城と見紛うばかりの豪邸となり、金に困らなくなった俺は、自然と美女たちに囲まれるようになった。ギルドのリリアも、俺にマヨネーズをねだりに来るうちに、いつの間にか俺の膝の上でマヨネーズをかけた野菜スティックを頬張るようになっていた。彼女の瞳は、もはや魔法の探求ではなく、マヨネーズの更なる可能性を探る眼差しに変わっていた。
マヨネーズがあれば、世界は平和だ。飢えに苦しむ人々は減り、味覚の暴力に酔いしれた笑顔が街中に溢れる。俺は、この異世界でマヨネーズの神となり、金と女、そしてマヨネーズに囲まれた、最高のハーレムライフを謳歌するのだ。
マヨネーズがある限り、俺の異世界生活はバラ色である!