俺を知らない君と君が分からない俺の本心
あー。
可愛い。
今日もすげぇ可愛い。
「でさー、レイがアリスを抱きとめるシーンが尊くて」
「分かる〜!」
目の前でアニメの話をしているのは、幼馴染の犬飼莉緒と三井舞菜。
この二人は親友で仲がすごく良い。
だけど、舞菜が莉緒とたくさん話しているときは、俺はほぼハブられている。
舞菜や結城は俺が莉緒を好きなことを知っている。
舞菜本人は全く気づいていないらしい。
この間も真正面から好きと言ったこともあったが、なぜか嫌そうな顔をされた。
「ちなみに舞菜は誰が推し?私は断然レイチェルとユリアとアリスティア!」
「多いな。メアリーとか好きだよ。あとゼノン」
「ほぼモブやん」
「お?喧嘩するか?」
そろそろ莉緒を返してもらうか。
「おい、舞菜。そろそろ俺の莉緒を返してもらってもいいか?」
俺は莉緒を後ろから抱き寄せて、舞菜を少し睨んだ。
舞菜は呆れたような顔をした後で、不敵な笑みを浮かべた。
莉緒は戸惑っている。
「唯斗。私は私の莉緒と楽しくお話をしていたの。部外者は帰ってくれる?」
腹立つ返し方に苛立ちを抑えきれない。
莉緒は俺のだし、誰にも渡すつもりはない。
「唯斗!離して!」
莉緒は顔を赤くして、俺に言った。
かっわいい……。
俺の幼馴染可愛すぎないか?
小動物かよ。
「やっだぁ、唯斗。何その顔〜」
「舞菜、お前後で覚えておけ」
「うっわ、こっわ。暴君とはこのことだね」
舞菜は茶化すように言った。
こいつのこういうところ嫌い。
「唯斗……。近い!いい加減にして!」
「愛しの姫君は限界らしいわよ」
「らしいな」
莉緒は俺の腕の中で意識を失った。
学校までおぶっていくか。
俺は莉緒をおぶって、舞菜に荷物を持たせた。
「君さぁ、私の扱いが雑じゃない?」
「今更だな。俺は莉緒以外の女に優しくしてやるつもりはない」
「それ、本人に言ってあげてくれない?私に言われても困るんだけど」
「彩音にも言われた」
「あっちゃんとの関わり方も気をつけなさいよ」
あっちゃんとは彩音のことだ。
なぜ彩音との関わり方を舞菜にグチグチ言われないといけないのか。
俺の人間関係に口出しをしないでほしい。
「まぁ、私は君の人間関係に口を出すつもりはないよ。でも、そのうち足をすくわれるよ」
「何の話だ」
「……そのうち分かるさ。それまで僕は安全地帯で見させてもらうよ」
「本性が出てるぞ」
舞菜の性格は、ほぼ男だ。
舞菜は莉緒にそのことをなぜか隠して、男が苦手だと言っている。
その理由は俺にも分からない。
そして、彼女が俺に放った言葉の意味を、俺は理解できなかった。
しかし、俺は近いうちにその言葉を理解することになる。
◇◆◇
「ねぇ」
「……」
「ねぇ、聞いてる?ねぇ」
しつこく話しかけてくる舞菜に対応している余裕はなかった。
なんで?
なんでこうなった?
「だから言ったじゃないか。足をすくわれるって」
「未だに意味がわからないんだけど。なんで莉緒は二ヶ月も学校に来ない?」
舞菜はさっきからニヤニヤしていた顔を引き攣らせて、俺を見た。
え、何?
「もしかして、莉緒から何も聞いてないの?」
「何が?」
「うっわぁ……。お気の毒に」
俺に気の毒だという顔は、いつもの冗談を含んだ顔ではなく、マジのやつだと分かった。
俺には知らされてなくて、舞菜には知らされていることがあるらしい。
それがすごく悔しい。
なぜ、物心付く前から一緒にいる俺ではなくて、小学生から一緒にいる舞菜に話せることが多いのだろう。
「心因性発熱」
「あ?」
「心因性発熱っていうのになったらしいよ。だから、休んでるんだって」
「心因性発熱ってなんだ?」
「ググレカス」
「口悪っ!」
俺は言われた通りに、スマホでグーグルを開いた。
検索欄で心因性発熱と調べた。
出てきたのはすべてヘビーな内容で、胃もたれしそうになった。
ストレスによる体温上昇……?
何だよ……。
これ……。
「ストレス!?一体何が!?」
俺が耐えられなくなって大声で舞菜に聞くと、舞菜は耳を塞いでうるさそうにした。
舞菜は嫌そうな顔をして、俺を睨みながら言った。
「自分で考えな。僕にはあの子の気持ちは分からないし、君にとってのストレスとあの子にとってのストレスは違う。それだけは覚えておいてね」
舞菜はそう言って、教室から出て行った。
アイツ、クラスメイトもいるのに大丈夫か。
今そんなことはどうでもいい。
莉緒にとって何がストレスなのかを考えよう。
いくら考えても、頭をフル回転させても、何も思いつかなかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁあ」
何も思いつかない。
駄目だ。
彩音を頼ろう。
俺は彩音にメールをした。
『相談がある』
『はい、どうせ莉緒のこと』
『二ヶ月くらい、莉緒が学校に来てない』
『え?マジ?』
莉緒が二ヶ月も学校に来ないことには、驚いたらしい。
どうやら彩音にも言っていなかったらしい。
『理由は?』
『心因性発熱』
『わぁお。なるほど。でもこのままだと、唯斗も心因性発熱を出しかねないね』
彩音はなぜかそんなことを言い出した。
彩音の母親は看護師だ。
だから、「心因性発熱って何」という発言がなかった。
しかし、俺も心因性発熱になるかもしれない?
どういうことだろうか。
『よし、唯斗!行こう!』
『は?どこに?』
◇◆◇
楽しそうなカップルの声、ジェットコースターからの悲鳴。
「なぁ、なんでこうなった?」
「気分転換だよ」
「それは良いけど、なぁんでこんなジェットコースターまみれの遊園地に来るかなぁ!」
ここはジェットコースターが十五台ほどある遊園地。
ここに気分転換とは……。
「ほら、見て!あのジェットコースター、もう落ちるよ!」
彩音が指さしたのは、ここの遊園地で一番高いジェットコースターだ。
それが頂上についている。
落ちた瞬間、大量の悲鳴が聞こえてきた。
こ、怖すぎる……。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!あはははは!」
そんな悲鳴の中から笑い声が聞こえてきた。
久しぶりに聞くような声。
ずっと聞いていなかった声。
「伊吹ぃ!楽しんでる!?」
「誰が!こんな状況で!楽しむか!莉緒の!馬鹿野郎!」
楽しそうな声と、罵倒する声。
楽しそうな声が、莉緒と同じだと思った。
罵倒する声に混ざった、莉緒という名前……。
莉緒が、今ここにいる?
俺はその場から駆け出して、そのジェットコースターの乗り場まで走った。
「ちょ!唯斗!」
いきなり駆け出した俺に、彩音は少し戸惑った声で俺を呼んだ。
後で怒られるのを覚悟した。
俺は周りを見回しながら、莉緒を探した。
莉緒、莉緒、莉緒、莉緒!
やっと見つけた莉緒は、知らない男と一緒に笑っていた。
誰だよ、その男。
なぁ、莉緒。
莉緒とその男は、すごく親しそうにしている。
その男と莉緒の様子を見ていると、男が莉緒の腕を掴んで、莉緒に顔を近づけた。
その後、男が莉緒に告白しようとしていると分かった。
「……何をしているんだ。莉緒」
勝手に体が動いていた。
莉緒は俺を見て青ざめていた。
莉緒と一緒にいた男は、俺を睨んでいた。
その後、多少言い合いになって、俺と彩音が付き合っていると勘違いされたことを知った。
そして、莉緒と一緒にいた男は、莉緒とデートしていると言っていた。
「ごめん、ごめんね、唯斗」
俺達は遊ぶ気にもなれなくて、遊園地を後にした。
帰りの電車でも、ずっと彩音は俺に謝ってきた。
空っぽなまま家に帰って、何気なくメールのアイコンをタップした。
莉音に相談しよう。
莉緒に似ている人に今日のことを相談すると彩音に言ったら、彼女は同席すると言ってくれた。
同仕様もなく虚しいこの気持ちを、莉音はなんとかしてくれるんだろうか……。
「莉緒……。俺は……。あの時からずっと……。お前しか見えてない……」
みなさーん!もうすぐ年明けですね!皆さん今年はどんな一年でしたか?私はとっても楽しい一年でした!皆さんの今年が充実していることを願います!さて、今回は唯斗目線のお話でした!唯斗が莉緒を想う気持ちや、莉緒がいなくなった後の唯斗や周囲の様子を書いてみました。いつもより更新が遅くなってしまったこと、深く謝罪いたします!本当にごめんなさい!次回は前半は唯斗目線、後半は莉緒目線にします!また次回、お会いしましょう!