7.線路の先
(…合わないっ!)
紗綾の背中が見えなくなって、美沙緒はぎりと唇を噛む。
薄々気付いてはいたが、ハッキリと自覚する。
関係がないのは確かだが、もう少し言いようがあるだろうに。
彼女とは全く合わない。
そもそも彼女も合わせる気がない。
居心地の悪い空気に、きゅっとお腹が痛くなる。
嫌だ。この感覚は好きではない。
だから美沙緒も、これ以上紗綾に関わることは諦めた。
いつものように。
「お姉ちゃん」
部屋の雰囲気を敏感に感じ取ったらしい永夜が不安げにこちらを覗き込む。子供に気を使わせている状況になんだか情けなさすら感じてしまう。
紗綾から受け取った彼岸花を、食べるわけにもいかないので火鉢の中に放り込む。
水分を多く含んでいるだろうそれは、火鉢の中で呆気なく燃えた。
燃えている材料がなんであれ、ユラユラと揺らめく炎は暖かくてホッとする。
美沙緒はようやく少しだけ肩の力を抜き、火鉢の側に腰を下ろした。
(…変なところに来ちゃったなぁ)
落ち着いてみて、最初に思った事がそれだった。
なんておかしな場所だろう。人気が無くて、花ばかりか咲いていて、化け物がいる。
ようやく人に会えたと思ったら、訳アリの子供にこちらと全く関わる気のない女性。
(私、これ…帰れるの?)
紗綾はまた電車に乗れば帰れるとは言ったけれど。
果たしてその電車はいつ来るのだろう。
そうしてーーー。
このまま、来た道を戻らなければ。
そのまま、あの路線を進んでしまえば。
(…私は死ねるの?)
全く実感もなく思う。
このまま、電車に乗って行くだけで苦しむこともなく全てを終わりに出来るなら。
途端にその選択が魅力的に思えてくる。
私は果たして、知希のいないあの色のない世界に、また戻りたいのだろうか。
ふるふると、首を振る。
これ以上考えるのはよくない気がした。
ーーー美沙緒。
確かに、名前を呼ばれた。
きっとあれは、彼だった。
そうして自分はまた、彼を見捨てたのだ。
知希のいない世界に戻るくらいなら、このまま電車に乗って、その先に行ったほうがマシだろう。
死んではいけないと、みんな口を揃えて言うけれど。
自分が死んで、悲しんでくれる人の存在を今の美沙緒は思い出すことが出来ない。
だから、美沙緒は知希の存在を確認しないといけないのだ。知希の存在は、美沙緒が生きるための最後の砦なのだから。
ふと横を見ると、いつの間にか永夜がすやすやと寝息を立てていた。不思議な子供。
永夜がいなければ、あの駅以外何もない場所で、恐怖に震えながら途方にくれるしか無かっただろう。
永夜も、美沙緒と同じで迷い込んだのだろうか。
けれど彼は、“待っている”と言った。
ーーー捨てられちゃったから、待ってる。
それなら、知希と同じ存在なのだろうか。
それじゃあ、紗綾はーーー?
ぐるぐると、考え出すと止まらなくなる思考にストップをかける。
それよりなにより、今は知希だ。
(知希が私を呼んだ)
近くにいるのなら、探さないといけない。
出入り口に目を向けると、すっかり夜が更けていた。それなのに、紗綾は戻って来る気配がない。
きっと、彼女は彼女で美紗緒との間に居心地の悪いものを感じているのだろう。
永夜を起こしてしまうことがないように注意しながら、そっと境内を抜け出す。
街灯一つないはずの外は、思った以上に明るかった。
無数に飛び交うヒダネムシと、木々の間から差し込む月の光。それだけで、辺りを見回せる程には十分だった。
「どこに行くのよ」
不機嫌そうな声に振り向くと、軒先に紗綾が座っていた。辺りにはヒダネムシが集まり、彼女の整った容貌も相まり思わず見惚れてしまうほどに幻想的な光景だった。
「綺麗ね…」
ついポロリと落ちた本音に、紗綾が眉毛を顰める。
「どこが綺麗なもんですか。こいつらは、死にかけた死体に群がるカラスやハイエナみたいなものよ」
側に漂う虫を忌々しそうに払って、苛立たしげに毒づく。美紗緒が見惚れたのは紗綾なのだが、本心から不快そうなので、これ以上余計なことは言わないでおく。
「外にいるから余計にまとわりつかれるんでしょ?
私が外に出るから、中に入ってるといいよ」
「それで?どこに行くの?」
さり気ない室内への促しへは、しっかりと追求の手が伸ばされる。
「…ちょっとその辺を見て回りたくて」
「やめとけば?花喰いが出るわよ」
そう言われ、脳裏に昼間の化け物が蘇れば怯んでしまう。でも。
「ここに来る前に、声を聞いた気がして」
「声?」
訝しげに聞き返す紗綾に、言うべきか躊躇ったのは一瞬だけ。
「知希の…、私の、希望の声」




