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51.帰還と再会

白い天井に、ベッド周りを囲むカーテン。見慣れない光景を疑問に思いながら目を覚ますと、そこは病室だった。何故自分がこんな所にいるのかもさっぱりわからず戸惑う美沙緒に、やって来た看護師曰く。


「鹿野さんが定食屋で食べた食事に、彼岸花が混入していたみたいなのよ」


「…はい?」


「彼岸花の葉ってニラに似てるから、誤食される事が希にあるみたいなのよねぇ…水仙ほどは聞かないんだけど。あなたの行った定食屋さん、自家栽培の野菜がウリだったから、ニラだと思って彼岸花の葉を収穫して調理してしまったんですって。幸い、あなたが一番客だったから他に被害は無いそうなんだけど」


災難だったわね、と同情の眼差しで見られ、美沙緒は押し黙った。

彼岸花で始まり、彼岸花で終わった美沙緒のプチ逃避。

確かに災難ではあったけれど…。


(知希)


ムクムクと沸く欲求に、美沙緒は相棒の名を呼んだ。


(描きたいね)


応えてくれる、声がある。


(うん、私、描きたい。ものすごく、今描きたい)


なんて不運で面白い体験だろう。そうしてそのおかげで、美沙緒はまた知希を取り戻せたのだ。

今のこの感情のままに、表現したいイメージが、言葉が次々と浮かんでくる。描きたい。この不思議な体験を、知希を、永夜を、そうしてマシロを描きたい。そう、胸が沸く。

久しぶりの感覚に、頬が緩む。いきなりヘラヘラと笑い出した美沙緒に、看護師がぎょっとした表情をして、主治医を呼びに走って行った。なんだかまだ後遺症が残ってると思われたらしい。

それがまたおかしくて、美沙緒は久しぶりに破顔した。


**********

来たかった、場所がある。

聞きたかった音がある。


そう思い立って、退院したその日に美沙緒はその場所に向かった。

美沙緒の街にある、何の変哲もない公園。その一角に、大きな楠があった。

こちらの世界に戻れたら、また、来たいと思っていた場所。ここに来れば、確かに帰ってきたと、あの時の願いを確かに叶えられたと実感出来るような気がして。


美沙緒よりも何千年も前からこの地にあり、力強く生きてきた巨木。

圧倒されるような存在感に、本当に自分のことなどちっぽけな気がしてしまう。生き物としても、悩みも、存在も、何もかも。それでも、生きている。小さくても、前を見て、必死に、少しでもまっすぐ立ち続けられるように。その力を、この木からもらえるように、この木の生きる力を感じたかった。


広場の方では子供たちが遊んでいる。

近くにはベンチ。木の大きく抉れた根元部分には小さな祠が立てられている。

周りに人がいないことを確認して、大楠に近づく。そっと目を閉じて耳を当てる。しばらくは周囲の音を拾っていた耳が、やがて目的の音を拾った。すっと、周りから喧騒が遠ざかる。

---水の、音が聞こえる。

いつかの夜に永夜と聞いたものと同じ、力強い水の駆けあがる音がした。


「---…ちゃん?」


声をかけられて、びくりとした。

目を開けると、こちらを見ている男の人。


(み、見られた…!)


羞恥にカッと熱が上る。

一応周囲に人がいないか確認したはずなのに…と泣きたくなると同時に、ふと違和感に気付く。


(…今)


確かに、呼ばれた。

知り合いだったろうか。マジマジと見返すと、相手もこちらを真っ直ぐに見つめていた。


「…」

「…」


…暫しの沈黙。

声をかけてきたのは相手のはずなのに、それ以降一言も発さない男性は、知らないとは言いきれない、どこか見覚えのある相貌。けれど、思い出せない。

そもそも美沙緒の狭い交友関係にこんなイケメンは見たことがない。


「失礼ですけど…ええと、美沙緒、さん?」

「ええ…?はい…」

「そっか。…久しぶり、お姉ちゃん」


美沙緒より幾分年上に見える男性にそう言われ、驚く。


ーーーお姉ちゃん。

美沙緒の事を、そんな風に呼ぶ相手への心当たりは、一人しかいない。


(え…ちょっとまって)


「永夜…?」

「うん。久しぶり、美沙緒」


(ーーーああ、彼だ)

そう確信出来るくらいに。

目の前の青年は、子供の頃と全く変わらない笑い方で、笑った。



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