46.おかえり
化け物が襲おうとしていた知希に向かって、思い切りダイブする。
「きゃあああっ!」
ずさりと、全体重をかけて突き飛ばしたので化け物の手から逃れることは出来たものの、美沙緒自身が知希に大きなダメージを与えた気がしてならない。
(紗綾!乱暴すぎる!)
ぐったりと美沙緒の下で弱っている知希が、取り落とした黒い花に手を伸ばす。
「花を…花を、食べないと…」
「ダメ!知希!」
思わずその花を手に取ると、知希が絶望の表情を向けた。
「美沙緒は…」
言葉にならない言葉を探すように、苦しげに口を開く。
けれど、それが言葉の形をとる前に、頭上で紗綾が警告を込めて美沙緒の名を呼んだ。
振り返れば、化け物がすぐ目の前にいた。
巨大に膨れ上がったそれは、目の前に立つと周囲が何も見えないほどに視界を隠す。美沙緒は知希をその背に隠すように前に立ち、対峙した。
何も、見えない。
逃げ方も、わからない。
どうしていいかも、見当もつかない。
ただ、なす術もなく、飲み込まれそうになる。
でも、膨れ上がる恐怖や不安に対して、もう、美沙緒はどうすればいいのかを知っている。
逃げない。まっすぐ立って、最後まで、諦めない。今やるべきことを、やる。
そうして美沙緒の今一番やるべきことは、知希を守る事だ。
「---美沙緒は、もう僕が必要ないの?だからもう、消えても構わないの?」
その顔は、ひどく疲れているようだった。
待たせすぎてしまった。ずっと美沙緒が、向き合わなかったせいで。
「違う。私には知希が必要」
その変わり果てた姿を見上げ、両頬に手を添える。
真っ直ぐに、久しぶりに彼と向き合った。
「…だから、もう、人の希望は食べる必要はないの。知希を、迎えに来たから」
「…本当に?」
「うん。…待たせて、ごめんね。---一緒に帰ろう」
美紗緒の言葉に、サラサラと、知希の姿が崩れ始める。
それは、キラキラとした光になっていくようだった。手のひらに残ったのは、一本の白い彼岸花。
これが、美沙緒の希望。
これが、知希だ。
光を纏った花は、そのまま光の粒子になって美沙緒の中へと溶けていく。
もう、大丈夫。
もう、手放さない。
枯らしたりしない。
知希と一緒に、育てていく。
(知希が、帰ってきたーーー…)
その事に泣きたいほどの安堵を覚えるのは、やっぱり美沙緒が彼との未来を望んだからだ。
見失っていた自分自身の望みを、ようやくまた手に入れることが出来た喜び。美沙緒が美沙緒であるための、アイデンティティ。
「お帰り、知希」




