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44.託されたもの

**********

化け物が突如、空へと吠える。


(---!)


思わずびくりと震えた拍子に、ずるりと血で濡れた手が滑った。

あっ、と思った時には遅かった。

小さな手が、その掌から抜けていく。


「永夜!」


悲鳴を上げるのと、激しい羽音が耳元をかすめるのは、ほぼ同時だった。

目を見開いてこちらを見上げたまま、遠く離れていく永夜に手を伸ばす。けれどそれが届くはずもなく、絶叫する美沙緒の目の前で、巨大な鳥が羽ばたいた。

真っ黒な翼が落ちていく永夜を追いかけ---そうして、受け止める。


「…え?」


鳥、ではない。

人、だ。

鳥の羽のように柔らかそうな、けれどどこか歪な翼がその背で力強く羽ばたいていた。


「…あーあ。化け物の腹から生まれるなんて、まるで化け物みたいじゃない」


その手にしっかりと永夜を抱えたまま、べたりと顔に張り付く長い髪を掻き上げて、ひどく嫌そうに彼女が言った。


「さ…あや…?」


振り返れば、化け物が苦し気に呻きながら、動きを止めていた。その腹には、裂けたように大きな風穴が開いていて、辺りには肉片が飛び散っている。まるで腹が弾けたような有様だった。

化け物の腹を裂いて出てきた彼女。

先程はとっさに生きていると直感したものの、そのあまりの展開に、理解が追いつかない。


「紗綾!」


紗綾の腕の中で、永夜が叫ぶ。

花喰いに喰われてしまったはずの紗綾が、その花喰いの腹の中から出てきたのだ。

肉片と共に血とも体液ともつかない濃い色の水が滴り落ちる。元は白かったはずのワンピースが、真っ黒に染まっていて、それがなんだかゾッとするほどに美しい。

バサリとその背の翼を羽ばたかせ、紗綾は美沙緒の側へと上昇してきた。


「…紗綾が、花だったの?」


ずっと、駅で迎えを待ち続ける永夜が花なのではないかと思っていた。

誰かを待つどころか、人に全く関心の無さそうな彼女の方が誰かの希望などとは、全く考えていなかった。

けれど、紗綾は確かに花だった。


花だから、ヒダネムシが集っていた。

花だから、彼岸花を食べ続けていた。


人であれば生きているはずのない状況にあって、導きだされた答えに、これまでの彼女の奇行が腑に落ちた。むしろどうしてこれまでそのことを疑ってみなかったのだろうとさえ思う。


泣きじゃくりながら抱きつく永夜に、紗綾は僅かに苦しそうな顔をしてーーーそうして、今まで見たことがないくらいに柔らかく、ふっと笑った。


「さっさと帰りなさいと言ったでしょう」

「紗綾と一緒じゃないとやだ、一緒じゃないと帰らない!」

「私はあなたの保護者じゃないのよ」


決して永夜の言葉は受け入れない。

それは変わらないのに、幾分穏やかに言い聞かせるような言葉に、永夜はいやいやと首を振る。


「…一人は、嫌だ…」


俯く永夜の頭を優しく撫でる。


「一人が嫌なら、誰かを守れるくらい、強くなりなさい」


いつの間にか雰囲気の柔らかくなった彼女の様子を見守っていたら、バチリと目があった。


「これを、貴女にあげるわ」


そう言って、紗綾はペットボトルを美沙緒に渡した。

思いがけず色々と役に立ちまくったペットボトル…しかしこれが戻ってきたところでどうしろと?と疑問を浮かべる美沙緒の目の前で、紗綾は一輪の彼岸花を取り出した。

今にも花弁が落ちてしまいそうな、ボロボロの、傷付いた花。


「これが、最後の花。賢く使ってちょうだい」


そういって、ペットボトルの中にその花を入れてしまった。


「え、それってどういう…」


わけが分からず聞き返すも、それよりも焼野に残った唯一の花をめがけて大量のヒダネムシが集いだす様に閉口した。どんどんペットボトルの中にヒダネムシが入っていき、いつぞやの夜のランタンのように狭いペットボトルに小さな虫が大量にひしめき合う。

綺麗だけれどゾッとしないでもない。


「…返品していい?」

「ひっぱたくわよ」


…ダメらしい。

灯り代わりに持てという事だろうか。

灯りなど必要ないくらいにあちこち勢いよく燃えていて明るいのだが。

美沙緒は紗綾の意図がよくわからないまま、顔の前でペットボトルを振る。少しでも追い払えればと思ったヒダネムシは、ちっともペットボトルの中から出て行ってはくれなかった。


「…言葉が足りないと言われない?」

「貴女は理解力が足りないと言われるでしょう?」


ああ言えばこう言う。

けれど、そんないつも通りの彼女になんだか安堵を覚え、美沙緒は少し笑ってしまった。

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