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41.燃える大地

**********

火がまわり、大地が焼かれる。

花が、無残に焼け落ちていく。


線路に沿って歩を早めると共に変わり果てて行く周囲の景色に、美沙緒は息を呑む。

山からの火は呆気なく草原に広がり、その勢いはとどまることを知らずにどんどん範囲を広げていた。

昼間とは違った赤色に舐められた草原は、その、あまりに激しく容赦のない炎に地平線どころか空まで染まっている。

あちこちで花が、花喰いが、燃えていた。


崖の近くで先程美沙緒を追い抜いて行った電車が横転して、そこに花喰いが群がっている。

駅の前では降りたばかりの乗客たちが炎に焼かれ、花喰いに襲われ、絶望の叫びをあげる様はまるで地獄の底のようだった。


「…なんなの、これ…」


容赦なく襲ってくる煙に、呼吸もままならずに激しく咳き込む。

煙が染みて、涙が滲んだ。

なんだってこのわずかの間に、こんな地獄絵図に変わってしまったのだろう。


(ーーー永夜はどこ!?)


駅にもその周辺にも、探す子供の姿は見当たらない。


炎が躍る闇の中で、何かが動いた。

ゆらり、と炎の隙間に揺れる巨大な影。最後に見た時よりもさらにその大きさを増した化け物が、ゆらゆらと横転した電車の方へと向かっていた。


残ったはずなのに、姿の見えない永夜と横転した電車、そしてそれに群がる花喰い。


(嫌な予感がする)

そう思った瞬間、電車から、絶叫するような子供の悲鳴が響いた。


---いた!

悪い予感というものは、いつだって当たってしまう。

一番最悪な状況のど真ん中に置かれているらしい永夜のもとへ、美沙緒は泣きたくなりながら駆け出した。視界を遮る煙に、惑わすヒダネムシの明かりに、何度も足が縺れそうになる。

巨大な化け物が電車に群がる花喰いを襲いだし、一匹、また一匹と食らいついていく。一体どこまで大きくなるのか、もはや生き物としての様相を呈していない、不快で不気味なナニカの塊。

理性も知性もなく、ただ花喰いを喰らい、周囲を破壊し、耳障りな雄叫びをあげる。

電車が化け物によって弾き飛ばされ、その車体が大きく後方へと押しやられた。抉れてぱくりと口をあけた車体から、人が---花が、逃げ出してくる。そうして残った車内に小さく動く影を見つけて、美沙緒は叫んだ。


「永夜!」


生きている。

驚いた顔でこちらを見つめる、永夜が、確かにそこにいた。


*********

叫ぶ声に、永夜は信じられない思いで目を見開いた。


「お姉ちゃん…どうして」


どうして。いるはずが無い。先程、電車に乗って、人の世に戻ったはずなのだ。なのに、どうして。


その時、ガクンと大きく車体が傾く。

化け物に弾き飛ばされて崖の縁でかろうじて留まっていた車体が、ずるりと重さに耐えきれずにゆっくりと滑り落ちていくようだった。

慌てて車体の裂け目から飛び出し、地面に転がり出たところで、今まで乗っていた電車が完全に崖の底へと落下し---その落下に、側にいた永夜も巻き込まれた。

落ちていく車体を避けようとして、避けた先の地面が崩れる。

いきなり足場の消えた浮遊感。とっさに掴んだ茅の茎の束が、掌の中で引かれてブチブチと嫌な感触を伝える。かろうじて引き抜かれずに残ったらしい僅かな茅の根が、なんとか永夜を繋ぐ命綱となった。

ブラブラと、不安定に体が揺れる。

行きつく先も見えないはるか下方で、落ちていった電車が凄まじい音を立てて炎を上げた。

植物の葉で手を切ってしまったらしく、ぬるりと手が濡れる感触がある。それでもあの電車のようになりたくなければ、この手を放すわけにはいかなかった。


「---永夜!」


頭上で、声がする。


「永夜!手を伸ばして!」


とっくに、帰ってしまったと思っていたのに。

崖の上から必死にこちらに手を伸ばす美沙緒の姿に、永夜は今まで感じたことのない感情が、胸に込み上げてくるのを感じた。

美沙緒が身を乗り出し、手を伸ばす。


「私が絶対、引き上げてあげるから。絶対、大丈夫だから!」


美沙緒は永夜の待ち人では無い。母親でもない。

永夜の狭い世界で、それ以外の人が自分を助けてくれるなど考えたこともなかった。

でも、どうしてだろう。

永夜はその手を取りたいと、美沙緒を信じたいと思ってしまった。

いつ命綱が切れてしまうかもわからない不安定な状況で、必死に、一縷の望みに向けて手を伸ばす。

暗くて狭い閉じた部屋の中で、永夜がずっと望んでいたもの。ずっと伸ばし続けていたその手を、ぱしりと確かに掴み返された。

温かく、自分よりも大きな掌が自分の手を包み込む。

それだけのことに、とてつもない安堵を覚えるのは何故だろう。嬉しさを覚えるのは何故だろう。喜びを、覚えるのは。


(ああ…)


そうして気付く。

これらはずっと自分が、母親に、紗綾に心の底から求めていたものだったのだ。

母親とは違う。紗綾とも違う。でも、それ以外でも永夜を見つけてくれる、心配してくれる人が確かにいることに初めて気付く。

肉親でもなく、自分が作り出した存在でもない。

それでもそんな夢のようなことが、起こりえるのだと、永夜は初めて知った。


愛して欲しい。

温もりが欲しい。

誰かの特別でありたい。


それはきっと世界を広げれば、自分次第で見つけてゆける。


「お姉ちゃん、助けて」


自分が求めれば、きっと変えてゆけるのだ。


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