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37.途中下車


(…どうしよう…)


置いてきてしまった。

あんな化け物がいる場所に、もうすぐそこまで迫ってきていたあの場所に、永夜を一人で。


---殺されて、しまう。


紗綾とマシロの最後の姿。

それを考えた途端、ぞわりと全身を襲った悪寒に、美沙緒は弾かれたように立ち上がった。

まだ、先程までの緊張の名残を残すように、膝が小さく震えている。

上手く動かない足を忌々しく思いながら、飛び乗った車内を改めて見回した。


たった一両しかない車内で、美沙緒と秋人以外には誰一人客はおらず、行き先を示す表示も電球が切れかかっているのか、どうにも表示がおかしい。読めるものもあるが、だいたいは文字のあちこちが欠け、まともに読むこともままならない。


(ちゃんと、元の世界に帰してくれるのよね…?)


微かな不安を覚えるが、もう、こうなったら信じるよりほかにない。

苦しげな浅い呼吸を続ける秋人を座席に横たえ、その、脂汗で額に張り付く髪を撫でる。


「…秋人。苦しい思いさせて、ごめんね。でも、生きてね」


あの世に向かうのと、現世に向かうのでは、どちらが苦しいのだろう。

多分、美沙緒は知っている。生きる方だ。希望も無くし、どうにもならないハンデを負って生きることは、きっと死ぬよりも辛い生き地獄となるだろう。

それでも、生きてほしい。いつかまた違う、希望を見つけてほしい。そうして、笑っていてほしい。


(---生きることを、諦めないで)


秋人よりも簡単に生きることを諦めかけていた自分が言えることではない。

でも、そう望んでしまうから仕方ないのだ。生きてほしい。笑ってほしい。幸せであってほしい。

そんな美沙緒の勝手なエゴのために、生きてほしい。


「…またいつか、秋人のギター、聴かせてね。約束よ」


聞こえていないだろうけれど。

一方的に約束を取り付けたことに満足すると、美沙緒は前方の車掌室へ向かい、そのドアを叩く。

なんとしてでも、あの駅へ戻らねばならない。


「すみません、すみません!ちょっと、私を降ろして欲しいんですけど…!」


いくらドアを叩いても、ドア一枚で隔てられているだけのはずの向こう側では何の反応もない。

ガラス窓が嵌まっているので、車掌室の様子はよく見えた。運転席に、覗く帽子ーーーいや、と感じた違和感に、美沙緒はドアを叩く手を止める。帽子は、椅子の向こう側から覗いているのではないーーーただ、椅子に引っかけてあるだけだ。


そうしてよくよく操縦席の方を見てみれば、椅子の背もたれに大部分が遮られているとはいえ、操縦桿が勝手に、まるで誰かそこにいるかのように動いているのがみてとれた。


「なん、で…」


よろり、と一歩後退する。

誰もいない。

乗客だけでなく、運転手すら、この電車にはいない。

それなのに動この電車は、動いている。


再び首をもたげた恐怖に、震える足に、頭を振って自分を叱咤する。

電車は止めることが出来ない。

ならば。     

もう一度車内を横断し、自分が乗ってきた扉の前に立つ。随分古い型の電車のようで、乗客が自分で扉を開けるための非常用コックがついていた。それを思い切り引っ張り、扉を開ける。

電車の速度は、そう速くない。周囲は草原。

ごくり、とつばを飲み込む。

無謀だ、と叫ぶ声がする。

無茶だと、自分でもわかっている。

けれど、このまま永夜を見殺しにすることは出来ない。


キキーッと、耳障りな音を立てて、電車がブレーキを踏んだ。どうやら緩いカーブで、更に速度を落としてくれたらしい。躊躇いは、一瞬。

美沙緒は出来るだけ体を丸め、背中から夜の草原へと体を投げ出した。


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