36.電車
生きたいと、願ったからだろうか。
ここへ来て、初めておとずれた現世行きの電車。
信じられない思いで目を見張る美沙緒の視界に、草原の闇を切り裂くように、強力な道筋を照らして走ってくる電車が見えた。
「電車がーーー!」
助かった。
帰れるのだ。
全身から力がぬける程に安堵が広がる。
けれど、思った直後ーーー…。
背後から、叫びとも咆哮ともつかない、空気を震わせる鳴き声がした。
振り返れば、闇に沈んだ草原の中を更に深い黒で塗りつぶし、蠢くものがいる。
(花喰い…!)
慌てて体勢を整え、秋人を担ぎ直す。
「ごめん、永夜。あと少し、頑張って…!」
永夜と二人で秋人を抱え、駅へと向かう。
ほとんど力の入らない秋人を支えるのは、美沙緒と永夜では力が足りなすぎた。
あと500メートル。
あと300メートル。
あと1メートル。
あと…!
祈るような気持ちで足を進め、息を切らして無人駅へと駆け込む。
ユラユラと揺れる、今にも消えてしまいそうな、白熱電球の心許ない明かり。けれど、この暖かな光が、何よりもこの光の元に辿り着けたことに、心に深く大きな安堵をもたらす。
また、花喰いの声が聞こえた。
先程よりも近くなったその声。身を竦めた瞬間、電車がホームへと滑り込んだ。
誰も乗っていない、空っぽの電車。
美沙緒達のための、帰るための、電車。
息を呑む美沙緒の目の前で、ドアが開かれ、その口を開けた。
安堵に泣きそうになりながら、最後の力を振り絞って秋人を連れ、電車に乗り込む。
けれどその時、ーーー…ぐっ、と肩にかかる秋人の重さが増し、バランスを崩しそうになった。
「ーーー永夜?」
反対側で秋人を支えていてくれたはずの永夜が、駅のホームに立ったまま、こちらを見ている。
「僕は、いかない」
「どうしてーーー!化け物がいるのよ!?」
「…紗綾を、助けないと」
思いがけない発言に、耳を疑った。
こんな場所に残る?
化け物が目と鼻の先まで来ているのに?
「大丈夫だから。お姉ちゃんだけ、行って」
「ダメ!」
信じられない思いで、けれど言い合っている時間も惜しくて、力尽くで引き寄せようと再び腕を伸ばすが、永夜はするりと交わしてしまった。
次の瞬間、美沙緒と永夜の目の前で、二人を隔てる扉が閉まる。
「え…?」
呆然としている間に、電車が動き出す。
「嘘…」
呆然とする美沙緒の目の前から、永夜が消える。
ガタガタと揺れる電車の車内で、美沙緒はその場にへたりと座り込んだ。
ーーー…そんな。
永夜を、置いてきてしまった。




