32.呑まれる世界
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痛いと、苦しいと泣いていた。
狂ったように仲間を喰らう姿に、真白はなす術もなく立ち尽くす。
化け物の体は焼け爛れて縮み、引き攣った表皮から剥き出しの肉が覗き、血が流れ続ける。
あちこちが黒く焦げ、辺りには肉が焼ける嫌な臭いが充満していた。
もともと不安定なバランスで成り立っていた不自然な肉体が、どうにもならないほどに崩壊し、薄皮一枚のところで保っている。
他の化け物を取り込むたびに、そんな肉体がさらにバランスを崩し、壊れていく。
ーーー痛い。怖い。苦しい。助けて。
あちこちが膨張するようにどんどん膨らみ、もはや元がどんな体躯だったのかもわからない状態で、あげる咆哮はそんな声にならない叫びだった。
出会った時と真逆の状況。
助けたいのに、どうしていいかわからない。
近付く事さえ、ままならない。
「どうして…、どうして…」
どうにもできない自分に悔しくて涙が出る。
そんなに、ひどいことをしたのだろうか。
ただ花を、あの子のために手に入れたかっただけなのに。
どうして排除されなければならないの?
どうしてそうされることが当然なの?
真白からは何でも奪っていく周囲の人間達は、どうして真白からは悪びれもなく大事なものを奪っていくのだろう。どうして自分達が奪われるとなると、こんなにも残酷なことが出来るのだろう。
奪ってはダメ。
殺してはダメ。
仲良くしなくてはダメ。
その中に、真白や、この化け物たちは入っていない。
醜いから。異分子だから。邪魔だから。厄介者だから。
だから、そんな大義名分を元に、当たり前のように排除するのに。
どうして。どうして。
真白も、化け物も、同じように苦しんで、痛いと泣いているのに。どうしてこの声が聞こえないのだろう。
どうして誰も助けてくれないの。
どうしていなくなることを喜ぶの。
真白達だって、生きているのに。
「お願い、落ち着いて…!」
叫んでも、届かない。
唯一、真白に寄り添ってくれたのに。
その唯一さえ、奪われてしまう。
あの高圧的な女も、その他の人間も。
真白以外の人間には、ちゃんと側にいてくれる人がいるからいいじゃないか。心配してくれる相手が、寄り添ってくれる相手が。
それなのに、マシロからは唯一を奪うのか。
…どうして。
「一人にしないで…、置いていかないで」
側にいて。側に置いて。ただ、それだけでいいのに。
「…お願い、声を聞いて」
相手が苦しんでいることだけはわかるのに。
それ以外、なす術がない。
苦しいのは、生きているから?
辛いのは、肉体があるから?
「…なにも、感じ無くなれば…」
解放は、あるのだろうか。
真白を中心に、草木が枯れる。緑が萎れ、茶色くなり、色のない世界が広がっていく。
そのことには気付いていた。あの、最初に降りた駅で見た光景。
あんな世界が広がっていくような、恐怖があった。
あんな世界を、真白が創り出している。
どこに行っても、やっぱり自分は歓迎されない異分子で。排除されて当然の、人間なのだろうか。
真白が触れる先から、生命が消えていく。
枯れていく。そうして乾いてカサカサの、無機質になる。物質になる。
何が正しいかなんて、もう、ずっとわからないのだ。
大切なものの、守り方も、大切にする方法も、誰も教えてくれなかった。
だから、間違っているかもしれない。
いや、きっと間違っているのだろう。それでも、僅かでも、あの子を楽にする可能性があるのならーーー。
もう、真白には縋ることしか出来なかった。
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「…なんか、どんどんデカくなってくな」
化け物の様子に、秋人がポツリと呟く。
「とりあえず、逃げた方が良いんじゃね?
山火事になるぞ、コレ」
そうして、熱風と煙の増していく周囲に、眉を顰めた。
「ーーーそうね。アレはもう手がつけられそうにないわね」
やれやれとでも言いたげな紗綾の態度に、ジトリと秋人が視線を向ける。
「…ほぼアンタが原因じゃね?」
「あら。助けてもらっておいて、その言い方?」
腕を組み目を細め、全く悪びれることなく言ってのける紗綾の言葉に、秋人が物凄く嫌そうな顔をした。
「…アリガトウゴザイマシタ」
「全く気持ちがこもらない礼なんて不要よ」
「うへー、ヤな奴」
なんだか呑気とも言える会話を小耳に挟みつつ、美沙緒は側にいた永夜の手を取る。
そろそろ、秋人が言うように本当にここから離れたほうが良い。
そう、思った。
その時、きゃっと小さな悲鳴が響く。
目をやれば、マシロが化け物から弾き飛ばされていた。
「あの女も、たいがいあきらめが悪いわね。
もう、どうしようもないでしょうに」
呆れたようにそう言う紗綾の表情がハッと変わる。
不思議に思ってその視線の先を追えば、先程までと化け物の様子が変わっていた。
あれ程暴れまわっていたのがウソのようにぴたりと動きを止め、その足元がズブズブと黒く染まっていく。だらりと、その巨大な体に生えた不釣り合いな小さな手が垂れた。
「…傀儡にしたわね」
紗綾が怒りを孕んだ声で言う。
弾き飛ばされて倒れこんでいたマシロが身を起こした。
真っ黒に塗りつぶされた花喰いの体が、端からボロボロと崩れだす。
そんな事など意に介さずに、マシロが手を伸ばすと花喰いは大人しくマシロを抱え、その肩の上に乗せた。
不自然なものがさらに不自然に。そんな印象にゾワリと悪寒を感じた。
「…どうなってるの?」
不安に感じて紗綾に声をかけた時、花喰いの方に乗ったマシロがこちらをすっと指さした。
それまでこちらになど見向きもしていなかった花喰いが、咆哮を上げ、向かってくる。
「きゃぁ!」
慌てて身を翻すも、跳躍した花喰いは一気に距離を詰め、そうして紗綾の前に降り立った。
巨大な口が開く。そうして蛇が獲物を丸呑みするように、バクリと。
紗綾を頭から呑み込んだ。
「…え」
状況に、頭がついていけない。
「紗綾!」
永夜のあげた悲鳴が、美沙緒を現実に引き戻す。
崩れかけた顔を奇妙にに歪め、ゴクリと花喰いが、確かに嚥下した。そんな花喰いを肩の上から静かに見つめ、そうしてマシロは永夜に目を移して呟いた。
「ーーーほら、私と違って、泣いて悲しんでくれる人がいるじゃない」
それなのに、と続く言葉が怒りに揺れる。
「…それなのに、私からは奪うなんて、不公平じゃない!」




