30.マシロ
「…それにしても。本当に、ヒダネムシがすごい数ね」
どこから嗅ぎつけてくるのか、続々と集まってくるヒダネムシ。閉ざされたうろの中はまるで電気でもつけたように明るいが、その様子は少々異常だった。
気が付けば、秋人が青い顔でぐったりと木に寄りかかっている。
「…秋人?やだ、ちょっと大丈夫!?」
ギョッとして近寄れば、秋人は眉根を寄せて力なく首を振る。
「…ごめん、なんかだりぃ…」
先程までは、そんなに辛そうな様子は見せなかったのに。この大量のヒダネムシのせいだろうか。
「やだっ、このっ、あっち行って!」
追い払うそばから、戻って来る。
ーーー紗綾は、なんて言っていた?
忌々しそうに、言っていたじゃないか。
ーーー“どこが綺麗なもんですか。こいつらは、死にかけた死体に群がるカラスやハイエナみたいなものよ”
そう、紗綾が言うように。
何だかよくわからないが、秋人にとって良くないことが起こっている。
払っても払っても舞い戻ってくる。
美沙緒は自身のカーディガンを脱ぐと、秋人の頭に被せ、とにかくヒダネムシとの接触を防ごうとがむしゃらに両手を振り回した。
「永夜、これ、どうにかならない?」
虫の侵入口を防ぐことも出来ないし、追い払うことも難しい。いっそ紗綾の様に水をかけて燃やしてやれたら、さすがに近寄ってこなるのだろうか。
その時、ミシリと木が揺れた。
次いで、鼻先に感じる異臭。ゾワリと全身に嫌な汗がにじむ。
思わず動きを止めて、秋人と永夜と身を寄せる。
ーーー外に、何かいる。
何か、というか確実に花喰いがいる。
(気付かれてる…?)
外の様子は全くわからないが、ただ気配だけはしっかりと感じる。
さく、さく、と。
その時、微かな音が聞こえた。
そのテンポを持って聞こえる音は、まるで人が草の上を踏みしめるみたいだ。
また、ミシリ、と木が揺れた。
すぐそばにある何か巨大なものの気配に、息を呑む。
冷汗が浮かぶ。鼓動が早まる。どうしよう、とただ答えもなく頭の中で繰り返される言葉。
ヒダネムシがゆらゆらと飛び交い、揺れる明かり。きっと外にも漏れているだろう。
ミシミシと、木が悲鳴を上げるような音が続く。それが何故か上に向かっているようで、息を殺してひたすらにその音の進む方向へと意識を集中する。
ぎゅっと、永夜が腕を掴んで、その小さな体に感じる緊張を伝えてきた。
ーーーああ、そうだ。怖がってる場合じゃない。
永夜を、守らなくてはーーー…。
ミシミシと、木の上のぽっかり穴の開いたところまで音は上る。そうして、その、真っ黒な穴から更に黒い何かがこちらを見下ろしてきた。
「ーーーっ!!!」
ニタリ、と大きな口を歪めてズルズルと入ってくる様はまるで巨大な蛇だ。
悲鳴を上げて木のうろから飛び出そうとして、けれどその出入り口が化け物の体で阻まれていることに気付く。この巨木に巻き付くようにして、あの化け物が締め上げているのだ。
「嘘!出れない!」
完全に閉じ込められてしまっている状況に、愕然とした。
そうして、その化け物の腐った胴体が遮る、向こう側。
「え?」
そこに、誰かが立っていた。
「ーーーそれが、お前の食事?」
花喰いに問う、声。
あの子には見覚えがある。
制服を着た女の子。あれはーーー。
「マシロ…?」
森の中に消えたと思っていた少女が、そこにいた。




