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3.捨てた夢の行方

**********

ぷらぷらと駅周辺をうろつきながら、美沙緒は重い溜息をつく。

もうこの溜息だけで、当面の幸せは逃げていきそうな重苦しさだ。

先程の化け物は、しばらくすると山の方へとその姿を消していった。

永夜と名乗った子供によれば、あれは昼間のうちはあまり目が良くないという。

わざわざ近付かなければ危害を加えられることはないということで、美沙緒は森の方を警戒しながらも駅の周辺を巡っていた。

永夜が言うには、ここに在る花は人が捨てた希望の成れの果てだという。そうであれば、美沙緒が捨てた知希もこの中にいるのかもしれない。そう思えば、探さないわけにはいかなかった。


美沙緒は知希のことを、バラバラにして、ぐちゃぐちゃにして、何一つ、原型を留めないように壊してしまったーーー…。

最後に見た彼は、何かを言いたげに美沙緒を見ていた気がする。縋るように、あるいは呪うように。

その視線から逃れたくて、碌に向き合うこともせずに、その他の色んな不要品と共に、あたかもゴミと同じものとして捨ててしまった。

もう、いらないから。

もう、見たくないから。

もう、美沙緒には必要ないから。

だから、…だから。


そのくせに、そこまでしたのに、けれど美沙緒はまた知希が戻ってくると思っていた。

仕事が落ち着けば、自分に余裕が出来れば、何食わぬ顔をしてまた美沙緒の側に彼がいると、また絵を描きたくなると、そう、傲慢にも信じて疑ってもなかった。知希は美沙緒の内から生まれたもの。切っても切り離せないものだと、そう、思っていたのに。

なのに知希はいつまで経っても帰ってこなかった。

仕事はなくなったのに、余裕は出来たのに、世界は相変わらず灰色のまま。

最初に捨てたのは美沙緒だった。

けれど、結局そんな美沙緒に愛想を尽かして去ったのは知希だと思った。

戻ってこれるはずなのに、戻ってこない。捨てられたのは、美沙緒の方。

そう思ったから、美沙緒は知希を探した。

自然を感じる場所を知希と巡るのが好きだった。

大きな御神木のある神社や、山を望める展望台のある花畑、海に面したお洒落で小さなカフェ。

思いつく限り巡ったのに、そのどこにも彼の姿はなかった。

彼と見た時、あんなにキラキラと輝いていた世界は、もうそこにはない。

そうして美沙緒は、いつまで経ってもペンを握れない。夢を、希望を見れない。世界はいつまで経っても空虚なまま。


(何も、無い…)


ああ、そうだ。

美沙緒はそれを認めたくなかった。

いろんなものを捨てて、何も無い美沙緒に。

世界の輝きまで無くしてしまったら、もう、本当に生きれない。


だから、どんなに身勝手であろうと美沙緒は知希を諦めるわけにはいかなかった。

探さなければ、見つけなければいけない。

でも、もし、もう本当に彼はこの世界のどこにも存在しないのだったら。

先程の光景が頭を過る。

化け物に無残に食い散らかされる赤い花。花びらが舞う。血痕のように。

引きちぎられて、バラバラになり踏み荒らされる。まるで美沙緒がゴミ袋に詰めた夢の欠片のように、花喰いの去った後にはカラカラに干からびて枯れ果てた花の残骸だけが残っていた。

表情のない人達。

絶望の中でも、その最期の時には叫び声を上げていた。腹の底から、消えたくないと、そう叫んでーーーきっと、自分を捨てた相手への切願も含まれていた。助けて。助けて、迎えに来て。

もし、知希がこの世界を訪れ。

そうして電車から降りた先で同じように襲われ、美沙緒に助けを求めていたのだとしたら。

そのまま、喰われてしまったのだとしたら。

もう、彼には二度と会えない。


「…知希」


拠り所のない世界を、一人で生きていくのは難しい。

大量に咲く花の、一体どれが知希なのか全くわからなかった。




**********

「はい、お姉ちゃんの」


俯いた鼻先に、そう言って赤い実が差し出された。

永夜がいつの間にか持ってきたそれを一つ手に取り、マジマジと見る。

そういえば、なんだかお腹も空いている気がする。そう自覚した途端に感じる空腹。

腹の中からそこそこ可愛げのない鳴き声が上がり、うっ、と顔を顰めた美沙緒に、永夜が得意げに笑った。

「今は、いっぱい木の実がなってるよ。もっと持ってきてあげる」

永夜が採ってきたのは、表面の皮の固い、割ると赤い宝石のような粒が詰まるーーーザクロだ。

子供の頃に食べたきりの果物に、言いようのない懐かしさを覚えていると、永夜が自分の実を慣れた手つきで二つに割って、赤い粒を口に放り込む。

その様が酷く美味しそうで、思わず美沙緒も続いて実を割った。


「…酸っぱい」


記憶の中にあるものより、幾分刺激の強い酸味に、思わず頬が緩む。

こんな味だったろうか。もっと甘くて、瑞々しくて、口に広がる芳香に夢中になって食べた気がしていたのだが。

なんて自分の記憶の曖昧でいい加減なことだろう。

昔のことはいつだって都合良く書き換え、まともに覚えている事の方が少ない気がする。


けれど、この酸っぱくて弾けるような食感と染み渡るような微かな甘さだって、今の美沙緒には悪くない。

思わず夢中で食べている美沙緒を置いて、永夜は慣れた様子で近くの樹木からいくつも果実を取ってくる。

アケビやミカン、栗にイチジク…全て植栽されたものではなく、その辺に勝手に植わっているといった様子の樹木だが、美沙緒が満足するくらいには十分にその枝に果実を実らせていた。

こうして野生の果実を千切って食べるだなんて、一体どれほどぶりだろう。なんだかとても懐かしくも愛おしい気持ちになり、ふと、彼はいないだろうかと辺りを見回す。こんな時はいつも彼がいた。そうして美沙緒の側で、自然の美しさと豊かさを一緒に感じていた。けれどーーー…。


「どうしたの?姉ちゃん」


急に押し黙った美沙緒を不思議に思ったらしい。永夜に声をかけられて首を振る。

やはり彼の気配は、どこにもなかった。



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