28.意味
「ーーー!永夜、離れるよっ」
永夜の手を掴み、走り出す。
あの数の花喰いが動き出したら、美沙緒たちになす術などない。
日が落ち暗くなったはずなのに、あちこちで姿を見せ始めたヒダネムシのおかげで、森の中は逆に視界がきくようになっていたがーーーこれは逆に、花喰いにもこちらの姿が捉えられやすいという事だろう。
薄明かりに浮かび上がる森の中で、ここそこから何かの気配がする。
ハッキリと姿が見えないことが逆に恐怖心を煽り、ともすれば足が竦んで立ち止まってしまいそうになる。
(どうすれば…、どこに行けば…)
身を隠した方が良いのか。
出きるだけ遠くに離れた方が良いのか。
何を選んでどう動いても、花喰いに見つかりそうな気がして答えを選べない。
真白の残した道筋も、もはや闇に紛れて完全に見失ってしまった今、神社に引き返すことも出来はしない。
ただ闇雲に走り続けて逃げ続けていると、森の中にひと際明るいヒダネムシの明かりが見えた。
それが、素早く駆け抜けると同時に、聞こえる悲鳴。
「うわっ…!」
その声に、ハッとする。
確かに聞き覚えのある男の声だった。
「秋人!」
見れば、明かりの正体は彼だった。彼の周りをヒダネムシが大量に飛び交い、集まっている。
そうしてそんな彼を追うような、黒い影ーーー花喰い!
美沙緒の声に、秋人が気付いたようにこちらを振り向く。
「バカ、こっちくんな!---逃げろ!」
そう言うと、こちらに背を向け走り出す。
ボロボロと体を崩しながら、歪に肥大した巨人のような花喰いが、秋人の後を追いかけだした。
(どうしよう!?)
恐怖と焦りで体が竦む。
このままでは秋人が襲われてしまう。そうわかっていても、対抗する術など思いつくはずもない。
パキリ、と何かが枝を踏む音がする。嫌な予感に振り返れば、藪の中から現れる黒い影が一つ、また一つ。悲鳴は喉の奥で掻き消えた。
「お姉ちゃん、こっち」
集まりだした花喰いに、放心していた美沙緒の手を取り、永夜が走り出す。
背後で、近くに咲いた彼岸花から悲鳴が上がった。
美沙緒自身も叫びだしたくなる衝動を必死に抑える。叫んでいる場合ではない。怖がっている場合ではない。泣いている場合でもない。ただ、生きなくては。
そうして。
「---お姉ちゃん!?」
森の奥で光が揺れる。
秋人がいる。美沙緒たちから引き離すために、一人で花喰いを引き付けてくれたのだ。
美沙緒は永夜の手を放し、覚悟を決めた。
「永夜は隠れてて」
真っすぐに自分の夢を抱く青年。叶うと信じて疑わない力強い横顔。
美沙緒の無くしたもの。
その先の、苦しさを知っているから。
彼の花を、奪われるわけにはいかない。
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視線の先で、秋人が大きくバランスを崩したように光が揺れた。
襲い掛かろうとする花喰いの姿に、とっさに近くにあった石を投げる。運動神経皆無の美沙緒のノーコンではかすりもしなかったが、飛んできたものに花喰いが興味を持ったようにこちらを向いた。
「なんで追いかけてきたんだよ!」
秋人の怒声が森に響く。
(しょうがないじゃない!置いていけるわけないでしょう!?)
まともに言い返す余裕もないが、美沙緒自身自分の選択が正しかったのか間違っているのかわからないのだからどうしようもない。ただ、置いていけば必ず後悔することはわかっていた。下手をすれば一生。
それがただひたすらに、イヤだった。
それが自身の危険を冒してまでのものかと言われたら、「わからない」としか言いようがない。
けれどこちらに向かってくる花喰いを前に、恐怖で身の竦んでしまった現状を考えれば、やはり無駄なことだったのだろうかと途端に後悔が押し寄せる。
秋人を助けることも出来ない。
花喰いをどうにかすることも出来ない。
ただ、襲われに出てきた役立たずなだけの自分。
なにか武器になるものはと近くに視線を走らせるも、役に立ちそうなものは何もなかった。
ずるり、と腰が抜けてその場に座り込む。
(ーーー怖い)
何も出来ない。抗えない。ただ、終わりを待つだけの絶望。
無駄だったのだろうか。意味など、無かったのだろうか。余計なことだったのだろうか。
それだけは、イヤだった。
「ーーー秋人、逃げて!」
美沙緒がこの場にいた意味が、少しでもあるように。
その時、森の中から花喰いがもう一匹飛び出してきて、目の前の花喰いへと襲い掛かった。
(ーーー!?)
驚きに目を見張る美沙緒の前で、二匹の花喰いが仲間割れでもするかのように取っ組み合って暴れている。
「おい、逃げるぞ!」
急にぐい、と腕を引き上げられたと思ったら、秋人が放心していた美沙緒を引きずるようにして駆け出した。




