27.夜の訪れ
今にも雨粒が落ちてきそうな雲が、空を覆いだしていた。
日が暮れてきているせいで暗くなってきたのかと思っていたが、どうもそれだけではないらしい。
ずっとこれまで快晴だったこの場所で、不吉を運んで来るような雲行きに、言いようのない不安を覚えて美沙緒は足を止めた。
永夜と二人でマシロの痕跡を追いかけながら、過ぎてゆく時間に焦りも募る。
(早く、秋人を探さないと…)
ただでさえ暗いのに、これ以上は周りが見えなくなる。
そうしてなにより、花喰いが活動を始めてしまう。
「お姉ちゃん?」
急に立ち止まった美沙緒を不思議そうに永夜が見上げる。
「ごめん、急がないとだね」
急速に視界の悪くなる森。リミットは刻一刻と近づいてくる。
出来ることなら人手はあるにこしたことはないが、ここに紗綾はいなかった。
「見つけるまで、帰ってこないでね」
ひらひらと手を振り送り出す彼女に、瞬間的に噛みついたのは仕方ないと思う。
「手伝ってくれないの!?」
「厄介なものを持ち込んだのは貴女達なんだから、貴女達で何とかすべきでしょう」
「勝手に連れてきたのはそりゃ悪かったけど!
紗綾があんなこと言わなきゃ、あの子は森になんて入らなかったじゃない!」
---”そんな厄介なもの、捨てて来て”
そんな、言葉を。
もし自分に言われていたら。
もし、言われたのが自分だったら。
考えるだけで、胸が痛くなる。
「…秋人じゃないけど、さすがにあの言い方は酷いと思う」
けれど、紗綾には届かない。
美沙緒が感じるような胸の痛みを、彼女は感じることがないのだろうか。
批難を込めて睨んでみても、彼女はケロリとしている。
「全ての人間が自分と同じだと当たり前に思っている人に、なんて思われようと、どうでもいいわ」
(だから!言い方!)
伝わらない。響かない。理解してもらえない。
相手も理解を求めていない。
(…それが)
こうして彼女から離れ、苛立ちが落ち着くと、また、別の感情が姿を見せる。
(どうしてこんなに悲しいんだろう)
「お姉ちゃん、紗綾を嫌いにならないで」
憮然とした美沙緒の様子に、何を思ったのか必死に後ろから着いてくる永夜が言った。
そんな永夜の控えめな願いに、少し困る。
「…嫌いというか」
好きとか嫌いではなく、彼女とは根本的に考えが合わない。苛立ちは感じるけれど、嫌う程には感情は波立たない。好きかと言われたら、イエスとは言えないけれど。
「永夜は紗綾が好き?」
尋ねれば、うんと笑った。
…永夜が懐いているのなら、やっぱり多少、ほんの少し、ちょっとぐらいは良いところがあるのかもしれない。あんな性格だけど。
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「げっ…」
枯れた道を追ってきた先、目の前に広がった光景に美沙緒は思わずぎょっとした。
幾つも転がる大岩。一見ただの岩に見えるそれが、今一番関わりたくないものの塊であることは、一目瞭然だった。
「あの子、こんな所に来たの…」
もうだいぶ日が落ちている。
いつ動き出すかわからない花喰いを前に、近付く事も、やたらと声をあげることも憚られた。
「秋人ー?」
こわごわ岩の転がる方向へ呼びかけてみるが、ウンともスンとも返事がない。マシロの姿も見当たらなかった。
マシロが残した枯れた道筋が、もうほとんど闇に侵食され判別出来なくなっていた。
これ以上は追いかけるのはどう考えても無理だ。
「いったいどこにいったの…?」
困り果てて、空を仰ぐ。
木々に阻まれた先の空には、確実な夜の気配。
ヒダネムシがちらちらとその姿を現していた。
マシロだけでなく、秋人も見つからない。
そうしてーーー…。
「…お姉ちゃん」
永夜が硬い声で手を握る。
その視線の先で、岩山が不自然に動き出していた。




