23.幸せの音色
時間も忘れて夢中で絵を描き、半分こしたスケッチブックのページが埋まる頃。
黙々と隣で絵を描き続けていた永夜がふと顔を上げてポツリと言った。
「絵を描くの、楽しいね」
覗き込めば、永夜のスケッチブックにも周りの景色や鳥や虫、目につくものが拙い線で表現され、白いページが真っ黒になるまで埋まっていた。
一生懸命にその容姿をなぞろうとしたであろうその絵に、美沙緒は微笑ましい気持ちになる。
人が一生懸命に描いたものは、どんなものであろうと決して下手だとは思えない。
愛おしさと温かさと言葉に出来ない多好感を与えてくれる。
それなら、自分自身の絵に対しても、そうであって良いじゃないか。
「お姉ちゃんの絵、すごく上手だね。とっても可愛い」
世界中の人じゃなくても、たった一人でも、誰かが褒めて認めてくれる。
それだけで、十分なことを、美沙緒はようやく思い出した。
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耳に届く音色が、いつの間にかちゃんとした曲になっていた。
それに気付くと、絵を描くことに集中して全く聞こえていなかった音が途端に戻って来る。
適当な旋律を奏でていたはずの秋人のギターは、静かな音を紡ぎ、流れるように自由に広がるメロディを奏でている。所々音が外れているような気もするが、それは秋人の弾き方というよりはギターの問題のようだった。
繰り返す旋律が、やさしく儚く、そして胸に響く。
「…すごい」
思えば、ギターの演奏をまともに聞いたのは初めてだ。それにしても、もっと勢いのあってうるさくさえ感じるようなものだとばかり思っていたのに、秋人の演奏は、全くそんなことはない。
「ギターって、そんな綺麗な音が出るんだ…」
スケッチブックの上を走らせていた手を止め、思わず聞き惚れる。
「良いだろ、コレ。俺の親友が作った曲なんだ」
美沙緒が聴いてることに気付いた秋人が、得意そうに笑う。
永夜も興味を持ったのか、絵を描く手を止め、代わりにオカリナを持って秋人の側に近づいた。
ややあって、ピーピーと調子の外れた伴奏が入り、秋人が「へったくそー」とおかしそうに笑う。
それにも気にせず、永夜は好き勝手に笛を吹き続け、それが秋人の演奏と不思議と調和するものだから美沙緒も可笑しくなってしまった。
好きなことをやり、誰かと同じ空間を共有して、笑いあう。
(ーーーああ、幸せだ)
知希が戻ってこないともう手に入らないと思っていた世界。
キラキラと、光に溢れ、すべてが新鮮で、色鮮やかで。
彼がいなくても、そんな世界は確かにあるのだ。
「良いね。君の演奏、私、好きだな」
どこまでも続く草原に、自然に風に乗り音楽が広がっていく。鳥の声。風の音。木々のこすれあう音。すべてが一体となって、秋人の優しい音色と、永夜の少し調子の外れた音と共に調和する。
なんて心地が良いのだろう、と思う。
秋人を褒めた美沙緒に、永夜がちらちらと視線を寄越して何かを持っているような顔をする。
その姿に、また笑ってしまった。
「永夜の演奏も、もちろん好きだよ」
人が生み出すものは絵でも、音楽でも、それ以外でも。
今の美沙緒にとって、すべてが美しく、愛おしく、かけがえのないものだと思う。




