19.落ちた花
しくしくしく、と近くですすり泣くような声が聞こえた。目をやると、花喰いの荒らし回った草原の近くに、ポツリと女の子がしゃがみ込んでいる。
「帰る…帰りたい…」
泣き声とともに、うわ言のように繰り返す頼りない言葉。
「ーーーおい?大丈夫か?」
美沙緒と同じく気付いたらしい秋人が、ためらいもなく近寄り手を差し伸べようとする、が。
差し伸べかけた彼の手が止まる。
彼の肩越しに覗いた美沙緒は、次の瞬間、ゴトリと落ちたものに目を疑った。
「帰りたい…帰りたい…」
そう、なんども繰り返される切望が、地面の上に落ちた首から続いていた。
「ひっ…!」
喉の奥で、悲鳴が貼り付く。
次の瞬間、ポロポロと涙を零していた少女の姿がそのまま砂に崩れるように霧散した。後に残ったのは、花喰いに千切られたのか、ポトリと地面に落ちた彼岸花の花と、地面から伸びる千切れた茎の部分だけ。
秋人も美沙緒も声も出せずに固まっていると、次第に残った花と茎も茶色く干乾び、崩れていった。
「…どういうこと?」
真っ青な顔のまま、枯れたままの花を凝視していた秋人が呟く。今見たものが受け入れられないと言うように、必死で先程の光景と目の前の状況をどう繋げて良いか考えているようだった。
「まだ来たばかりだから、花になってなかったんだね」
答えを知らない美沙緒の代わりに永夜が言った。先程秋人と共に電車に乗ってきた乗客達。あの中に、消えた少女もいたのだろうか。
そういえば、昨日美沙緒が初めて花喰いを目の当たりにした時。あの時も、降りた乗客達は、人の姿のまま襲われていた。
上がる悲鳴。舞う血しぶき。逃げ惑う人々。
確かに見て、聞いたのだ。
「子供は思いが強いんだって。だから、すぐには花にならない」
理解出来ない事を言い出す永夜が薄気味悪いのか、秋人が怪訝な表情で顔を上げ、美沙緒の方に問いかける様な視線を寄越す。
(そんな顔をされても、私もわかんないんだけど…)
美沙緒はため息をついて、教えてくれた永夜の頭を撫でた。
「…つまり、ここはこういう場所ってこと。付いてきてくれるって言ってくれたことは嬉しかったけど…駅に戻ったほうが良いんじゃない?」
先程の少女の泣き顔が頭から離れない。
帰りたいと繰り返す声が耳の奥に未だ残っている。
「別に、怖じ気づいたわけじゃねぇし。
ーーーさっきのが、あんた達がずっと言ってる“花”ってこと?人間は首が取れたら喋れねーよな」
ムッとしたように返す秋人は、ついでのように辺りに残る彼岸花に目を通す。ここにある花の一つ一つが、一気に得体のしれないものに変わったらしい。
「人じゃなきゃ、単なる花でもない。何なの、コレ?」
「人に捨てられた夢とか希望、らしいけど」
美沙緒にもうまくは言えない。
美沙緒の場合は、知希がイマジナリーフレンドとして自分とは違う存在だと言うのが確立されていた。
そうして知希は美沙緒にとって幸せな時間、夢や希望に溢れていた頃の象徴でもあったから、彼を探すことは美沙緒の夢や希望を取り戻すことと繋がっている。
けれど、知希と言う存在がただ単に夢や希望だけで出来ているのかというと、そうではない。
もっと複雑で、色んな感情もまた、詰まっている。
他の人はどうなのだろう。
他の人にとって、夢や希望というのはどういう形をしていて、どんな捉え方をされているのか、よくわからない。
「希望?」
「キミはない?小さい頃に思い描いてた夢。大人になって、現実を知って、諦めた夢」
例えば秋人の希望は、そのまま秋人の姿をしているのだろうか。興味が湧いて尋ねてみると、彼はあっけらかんと首を振った。
「ないな」
「えっ。…そうなの?」
「おう。俺はスタントマンになる事がガキの頃から、現在進行系で夢だし。なれると思ってるし」
「…キミ、本当に何しにここに来たの?」
全くこの場所に無縁そうな秋人に、羨ましいよりも呆れが勝る。どんな道の迷い方をすれば、こんな縁遠い場所に来たくもないのに来れるのだろうか。
秋人はさっさとこの場所から帰った方が良い人間なのは間違いなかった。




