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17.”在る”苦しみ

そんな永夜の様子など気にも留めることなく、秋人は手の中でスマホを弄びだす。


「…電波ねぇー…」

「もちろん、電話もメールも繋がらないよ」


当然美沙緒も実践済みだ。美沙緒の言葉に秋人はがっくりと肩を落とした。


「え、全然意味わかんないんだけど。なに、ここ日本じゃないの?あの世なの?」

「…心当たり、あるの?」


美沙緒は全くない。電車に乗っていたらいつの間にかここにいたと認識している。

しかし秋人は---美沙緒の言葉に、しばし沈黙した。


「…あるわけねーじゃん。今日も普通に、バイト行くとこだったし」

「そっか…」


秋人も、美沙緒と同じ理由でここにいるのなら。


ーーーなにか、諦めた夢がある?


「…お兄ちゃんも、迎えに来たの?」

「ん?」


いつの間にか、美沙緒の陰に引っ込んでいた永夜が前に出ていた。


「自分の花を迎えに来たの?」


永夜の質問を前に、怪訝そうに眉根を寄せる。全く理解できないらしい。そりゃそうだ。


「花ってなんだ?」


至極当然の疑問に、返答に困る。


「えーっと…あれ」


苦し紛れに駅周辺に咲く彼岸花を指差せば、ますますわけがわからないというように、秋人は首を傾げた。


「花なんていらねーけど」


「えっと、ここはさ、人に捨てられた”希望”が来る場所なんだって。あの彼岸花が、人の”希望”で、あなたと一緒に電車に乗ってきた人達が変わった姿。ここに来るのは、自分の捨てた希望を探しに来る人だけなんだって」


説明するたびに秋人の顔に不信の色が色濃くなっていく。

頭大丈夫か、とありありと語っている視線が痛い。


「意味わかんねーけど。おれ、一人で電車に乗ってきたし」

「やっぱり、見えてなかったの?」


すし詰め状態で電車は入ってきたはずなのだが…そう考えれば、美沙緒がここへやって来たときもやっぱり”見えない乗客”がわんさか乗っていたのだろうか。ゾッとしないでもない。


びゆぅ、と風が鳴る。運ばれてくる悪臭に、顔をしかめる。


ーーー来た。


悲鳴のような風の音に、顔を上げると原っぱの方で黒い影がのそりと動いた。


「…なんだよ、あれ…」


何かが腐ったような、思わず込み上げるものがあるその匂い。無意識のうちに永夜を側に引き寄せた。

昨日といい、今日といい、花喰いはしっかり電車が来るタイミングを狙って食事をしに来ているようだ。


(…知希、じゃない)


昨日見た彼とは明らかに違う個体。がっしりとした体躯はまるで熊のようで、けれどあちこちが不自然に肥大化し、そうして腐っているのか、所々黒光りのする体液が溢れ、肉がむき出しになっていて、まともにその風貌を捉えることすら強烈な嫌悪感を感じる。

一心不乱に花を貪り、こちらには目もくれない。こちらから刺激しなければ問題ない。

そうはいっても、不快なものは不快だし、怖いものは怖いのだ。


「…あれは、花喰い。こちらから近付かなければ大丈夫だから、静かにしてて」


「…冗談だろ」


引きつった顔で、秋人が呟く。

冗談であれば、どれほど良いか。

ここへたどり着いた希望は、ほとんどが着いてすぐにああやって食べられてしまうのだ。花喰いの、糧になる。そうして、その花喰いも、自身を留めておくために、他人の花を食べ続ける。

そうしなければ、待ち続けることが出来ないから。

…でも。

爛れた肢体。苦しそうに喘ぐ呼吸。満足に動かすことも難しそうな歪な身体。

次第に腐れて崩れ落ちる体を何とか保っている、その姿は。


ーーーとても、苦しそうだ。

他人の花を食べてまでして、その姿を保っても。生きているだけで、存在しているだけで、とてもとても、苦しそうだ。


ーーー…そうか。知希も、苦しいんだ。


「…お姉ちゃん」


永夜の声に、我に返る。


「…大丈夫か?」


同じく永夜の声に振り向いたらしい秋人が、美沙緒の方を見てぎょっとしたような顔をした。

そうしてそこで初めて、自分の頬を伝う涙に気付く。


「…あれ?」


いつの間に流れていたのだろう。

ぽたぽたぽたぽた、後からあとから止まらない。

苦しい、苦しい。

生きてるだけで、存在しているだけで。

でも、”在る”ことを諦めきれない。

希望に縋っているのは、花喰いも同じなのだ。




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