16.秋人
昨日と変わらず、駅前には大量の花が咲いていた。
増えた気もするし、減った気もするが、実際のところはわからない。
美沙緒には景色を測る方法なんてないからだ。
景色は景色としか認識されず、よほど大きな変化がない限りそれは総じて“同じ景色”に見えてしまう。
ざっと風が吹き、花が揺れる。風の音がすすり泣きに聞こえるのは、あまりにも感傷的に景色を捉えているからだろうか。それとも、花たちの声だろうか。
雑草に埋まりそうな線路を渡り、駅に着く。
駅のさらに先には崖があり、その先には真っ青な海が広がっていた。山と海に挟まれた小さな無人駅。
その中で、昨日と同じように永夜と二人で座って電車を待つ。
永夜は窓から海を眺めながら、ただ静かに座っていた。
こんな毎日をずっと繰り返しているのだろうか。それは美沙緒には、耐えられない拷問のように映る。
(…知希も、ずっと待っていたのかな)
そう思えば、胸が痛む。
待って待って、待ち続けて。その結果、花喰いになってしまったのなら、それは美沙緒の罪だろう。
(どうしたらいい…?)
探していた。見つけたかった。
見つけることさえ出来れば、それで終わると思っていたのに。
なのに今、あの知希と向き合う術を美沙緒は知らない。
(…とても手に負えない)
今の知希では、一緒にいることが幸せに繋がるとは到底思えない。
どうして、また元のように戻れると思ったのだろう。どうして、知希が当たり前に美沙緒を受け入れると思ったのだろう。どうして、許してもらえると思っていたのだろう。
自分が、裏切り、捨てたクセに。
それなのに、自分は知希には変わることを望んでなかった。
”ーーー花喰いは、あなたの感情なの”
(…私の、感情…)
美沙緒が身勝手に軽んじて、傷付けて、放り出してきた感情。
先ほど見た夢が思い出される。夢の中に出てきた花喰いは、知希ではなく美沙緒だった。醜くて弱くて歪に変容してしまったのは、実際のところは美沙緒自身だ。
どうすれば、どうしたら。
そんなちっとも進まない思考のドツボに沈んでいると、遠くから電車の近づく音が聞こえてきて、ハッと顔を上げる。見れば、山手の方から電車が駅に向かってくるのが見えた。
次第に近づき全貌が見えるようになると、窓からぎゅうぎゅうに押し詰められた人の塊が見える。
また、たくさんの捨てられた希望がやってきたらしい。
隣を見れば、永夜が食い入るように電車を見つめている。
美沙緒が乗った電車が来た時も、こうだったのだろうか。
駅の前に滑り込んできた電車が止まる。吐き出される大量の人々。どこかうつろな、生気のない顔。
一度見た光景で、慣れたと思っていたけれど、どこかやっぱり薄気味悪さと不吉さを感じて思わず身を引く。
そうして、ベンチで身を縮ませていたら。
「あっれー?どこだ、ここ」
やけに明るい声が響いた。
場違いなほどに生気のある声。驚いていると、最後に男が一人、降りてきた。
美沙緒よりも若い、二十歳前後の明るい髪色の男だ。
(ーーー違う)
他の乗客と、明らかに違う。
(人…?)
なんだか自分と同じ匂いがする。そんなことを思っていたら、隣の永夜が隠れるようにくっついてきた。
じっと男を見つめ、どうやら警戒しているらしい。
「---あ、ちょっと聞きたいんだけど」
じっと見つめる美沙緒と永夜に気付いたらしく、クルリと振り替えった男がこちらに駆け寄ってきた。
他の乗客たちには目もくれないーーーというよりは、最初から見えていないみたいだ。
「電車乗り間違えたみたいでさ。ここ、どこ?」
完全に昨日の自分とデジャブしている。
美沙緒も唯一の人だった永夜の存在に、内心ホッとしたのを覚えている。
「えーと…」
どこ、というのはむしろ美沙緒も聞きたいのだが。
「…三途の川の一歩手前?」
「は?」
思い切り怪訝な顔をされた。そりゃそうだ。
しかしどう説明しても、そんな顔しか引き出せないと思うので仕方がない。
「悪いけど、私もここがどこかはわからなくて…。ホラ」
説明も難しいので、駅名のない看板と、唯一書かれている行先を指さすと、男はその先を視線で追って、渋面になる。わかる。めっちゃわかるよ。
「なに、これ」
”あの世”と”現世”と書かれた案内板。ほんと、なに、これ、だよねと全面同意だ。
「私も昨日からここにいるから詳しいことはわからないけど…。
私は美沙緒。こっちは永夜。---あなたは?」
どう見ても、美沙緒と同じで迷い込んできた人間だ。
美沙緒の問いに、胡散臭そうに看板を眺めていた男はちらりとこちらを一瞥し、「秋人」と名乗った。
「…アキヒト?」
それまで美沙緒の後ろでだんまりだった永夜がポツリと繰り返した。
もしや永夜のお迎えだろうか、と目をやれば、相変わらず警戒モードで美沙緒の後ろから出てこない。男の人が苦手なんだろうか。




