14.ガラクタ
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暗い、暗い森の中で美沙緒は一人で立っていた。
ーーーどうしてこんな所にいるのだろう。
怪訝には思ったが、辺りは飛び交うヒダネムシで幻想的でさえあり、不思議と恐怖や不安は感じなかった。自分は神社に戻ったはずではなかったか。
それとも、それは夢で、まだ森の中にいたのだったか。
あやふやな現実との認識の境で、けれど全てがどうでもいいような気もしている。
(どうして何も、うまくいかないんだろう)
全てを望みすぎているのだろうか。
なにかを望む価値なんて、自分には何もないくせに。
この場所に、一人でいることは孤独だろう。不安だろう。寂しいだろう。
でも、ここでなら、何も望まなくて済むだろう。
誰かに求められることも、誰かを求めることも二度とない世界。だから、紗綾は永夜を拒絶するのだろうか。美沙緒がうっとおしいのだろうか。
いつの間にか、目の前には山のようなガラクタが積みあがっていた。壊れたもの、色あせたもの、汚れて原形も留めないもの。
そのガラクタに、はた、と目を留める。
「あれ…?」
目を引くオレンジ色の、しかし、埃を被ってすっかりくすんだ色になってしまったクマのぬいぐるみ。
ガラクタの山に埋もれ、上半身しか見えなかったけれどーーーそのぬいぐるみには見覚えがあった。
「私の…?」
そうだ。捨てたばかりの、あの、お気に入りだったぬいぐるみ。
特別可愛かったわけじゃない。好きなキャラクターだったわけでもない。
ずっと昔に、ゲームセンターで友達がとってくれた人気キャラクターのクマのぬいぐるみ。もうすっかり古びてくすんでしまって…最近では埃まみれになっていたけれど、どうしても長い間捨てられなかったもの。
ーーー美沙緒が、好きだと思って。
そう言って笑いながらぬいぐるみを渡してくれた友達の顔を、その時に感じた温かい感情を、あのぬいぐるみが確かに抱いていた。目に入れるたび、何度も美沙緒に思い出させてくれた。
それを無くすのが怖くて、ぬいぐるみを捨てることでその記憶や感情までも無くなってしまいそうで、手放せなかった物。でも、結局、捨ててしまった。
それに気付けば、ガラクタの山が姿を変える。あれも、これもーーー…すべて美沙緒が捨てたものじゃないか!
(なんで…?)
どうして自分の捨てたものが、こんな場所に積みあがっているのだろう。
訳が分からなくて呆然としていると、子供の声がした。
「お姉ちゃん」
呼ばれて、思わず心臓が跳ねる。
「もうすぐ、花喰いが来る」
振り返った先、見知った子供の姿はなかった。ただ、声だけがする。
(花喰い…?花喰いって…なんだっけ…)
なんだか、一気にこの場所が薄気味の悪い場所へと変わったように、この小さな子供の声にも得体の知れないものを感じて怖くなった。
花喰いーーー…。なんだっただろう。確かにその存在を知っている。
けれどどんなものか思い出せない。
ただ、不吉な恐怖だけがその存在を覆い隠し、膨れ上がり、迫って来る。
花喰い---…。それは、絶対に会ってはいけないもの。
ただ、確信に近い直感だけが胸の内にある。
逃げなくては。隠れなくては。見つからないように、捕まってしまわないように。
そうして足を踏み出した美沙緒の背後で、コトリと何かが動く音がする。
ドクリ、と心臓が嫌な音を立てた。
この場所にあるゴミの山。ここに美沙緒の捨てたものがあった。
大事にしていたぬいぐるみ、何度も読み返した本、気に入っていたワンピース。それらがここに在るというのなら、きっと、“彼”もーーー…。
ゴミの山が、ゴトリと動く。そうして、ガラクタの隙間から、歪に捻じれた腕が出てくる。バラバラにした、彼の欠片があちこちから這い出すように蠢き、ゴミの山を震わせる。そうしてそこから出てくる“何か”が、呆然と立ち尽くす美沙緒の方へとーーー…。
もう、いらない。
もう、見ない。
もう、必要ない。
そうして、大切にしていた物たちを、大切だった彼をガラクタに変えてしまった美紗緒を責めるように“彼”ーーー花喰いは、その姿を現した。




