13.紗綾の望み
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次第に空が白じみ始めると同時に、ポツポツとヒダネムシの姿が減っていく。
木の根元に座りっぱなしですっかり強張った体を伸ばすと、うつらうつらと隣で舟を漕いでいた永夜が目を開けた。
「永夜、帰ろっか」
言うと、今度は素直にコクリと頷いた。
ヒダネムシもいなくなり、薄暗い森の中を二人で手を繋いで歩く。いつの間にか、ランタンの中の光も消えていた。見れば花弁に紛れて黒っぽい小さな虫がペットボトルの底に死んでいる。
酸素が尽きたのか、そもそもヒダネムシの寿命が短いものなのか。
逃がそうと思っていたのに、結局叶わずこんな狭い世界で息絶えさせてしまった。
申し訳ない気持ちで、中の花弁と虫を出す。
綺麗だった光は消えて、みすぼらしい死骸が残る。
夢の終わりと厳しい現実を見せつけられたようで、知らず気分が落ち込んだ。
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永夜の案内で廃神社に戻ると、軒先に座る紗綾が見えた。
名残のように飛び交う数匹のヒダネムシを煩そうにしながら、美沙緒達に気付き、そうして興味なさげに視線を逸らす。
繋いだままの永夜の掌にキュッと力が入った。
「永夜、先に中で寝ておいで」
促すと、俯いたままコクリと頷き、神社の中へと消えて行った。
「…もうちょっとさ、永夜に優しくしてくれない?」
紗綾のそばに寄り、永夜に聞こえないよう、出来るだけ抑えた声で言う。
紗綾は怪訝な顔でこちらを振り返ると、不快気に眉根を寄せ、ふん、と鼻を鳴らした。
「嫌よ」
想定内とは言え、そのきっぱりとした断言に思わずヒクリと頬が引きつる。
「永夜、昨日紗綾が戻ってからずっと嫌いって言ったこと後悔してたのよ。
ごめんなさい、って。嫌われること、随分怖がってるみたいだった」
「私は保護者じゃないのよ。
好かれようが嫌われようが、ましてや私があの子を嫌おうが関係ないでしょ」
「…それは、そうなんだろうけど…」
きっぱり言い切られると、それ以上は何も口を挟めなくなる。ただ今より少し、優しく接して欲しいだけなのだが。
上手く伝えるための言葉が出て来ない美沙緒は、諦めたように首を振った。
「こんなところで一人でいて。紗綾は寂しくなったり不安にはならないの?」
「どうして不安になる必要があるの?私の不安は、いつも周りの人間が持ってくるの。永夜や、貴女みたいに」
「え…?」
何か、知らず紗綾に迷惑をかているのだろうか。
不安になって彼女を見れば、真っ直ぐで力強い瞳と目が合う。彼女はいつだってその視線を逸らさない。
「ーーー私の望みは、永夜がここからいなくなることよ」
息を飲む。
それは、真っ直ぐな拒絶だった。
「紗綾はーーー自分の花を、探さないの?」
彼女は誰かを待つ永夜とは明らかに違う。そうして、知希を探す美沙緒とも、また違う。彼女はただこの場所にいる。ここがまるで、自分の居場所だとでも言うように。
この場所に来るのは、死にかけた人間か、自分の希望を探しに来た人間。もしくは捨てられてしまった希望だけだ。
彼女はどちらなのだろう。
そうして、なぜ希望を探そうとも、帰ろうともしないのだろう。口に出して聞いてみたいけれど、躊躇われる言葉の数々。それを見越したように、紗綾は笑う。
「私には必要のないものよ」
疑問への答えはさらなる疑問しか生まなかった。




