(幕間)届かぬ星(奏風 視点)
「ごめんくださ~い、どなたかいらっしゃいますか~?」
珍しいな、若いお客さんが来るなんて。居間から首を出し売り場をのぞき込むと、白いブラウスと白のロングスカートを着た若い女性の人が店の入り口手前に立っており、日差しを背後に背負っているせいか、ただでさえ細い体形がまるで光に溶け込むかのように一段と細く少年の瞳に映った。普段は店の中には入らないのだが、好奇心のほうがまさり、女性へと近づいて行った。
「ごめんなさい。じいちゃんとばあちゃんは今、味噌をつくってるので呼んできます」
「ありがとうお嬢ちゃん。あれ、お嬢ちゃんは今日、学校はお休みなの?」
「ボクはまだ、幼稚園の年長組だよ。それに男の子だし」
「えぇーー!!ごめんなさい。背が高くて綺麗な顔をしてるから、てっきり小学生の女の子だと思っちゃった!」
「ううん、大丈夫だよおねえちゃん。はじめての人にはいっつも間違えられるんだ」
「わたしはおねえちゃんじゃなくておばちゃんだよ!ボクと同い年の娘までいるんだから」
「ええええーーー!!!こんなに若くて綺麗なのに!?」
「ウフフ、ありがとうボク。ボクも間違えたからこれでおあいこだね」
これが俺と華澄さんのお母さん、清川 春美さんとの初めての出会い、そして俺の初恋だった。俺の祖父母は近所で自家製の豆腐や味噌などを販売しており、祖父母が所有する畑では小豆は片手間でしか栽培してなかったので表立って販売してなかったのだが、春美さんは娘さんの健康と美容のため、砂糖を使わない「発酵あんこのおはぎ」の材料となる国産小豆を入手するべく知人の伝手で来店したとのことだった。まさか、これがきっかけで数年後に小豆の問い合わせが爆発的に増加するとはね。その後もちょくちょく店に来てくれてたらしく、次に会えたのが小学校の入学式の時で、華澄さんに初めて会ったのもそのときだったな。初めて華澄さんに挨拶したとき、「ええええーーー!!!男の子だったのーーー!?」と驚いたときのリアクションが春美さんと似すぎてて大笑いしたっけ。華澄さんは春美さんに似ている顔立ちをしてたけど、やはり俺にとっての一番は春美さんだったな。初めて出会う多くの同級生の女の子にはほとんど何も感じない。でも、何だか、以前春美さんに出会ったときよりも元気がなく、儚げで消えてしまいそうな感じがしたのは何故なんだろうか。
春美さんに逢いたい、今思い返しても打算的なクソガキだと思うのだが、「将を射んと欲すればまず馬を射よ」ということわざを知る前に華澄さんと仲良くなろうと試みた。第一印象では打ち解け合うのはかなり困難だと思ったのだが、意外や意外、けっこう運動やダイエットの話で会話がはずんだ。すごいな華澄さん、初恋の男の子の影響で小学校にあがる前からダイエットや運動をはじめたり、「発酵小豆のおはぎ」をはじめ、太りにくい食べ物を勉強したり、その男の子と同じようにスイミングスクールに通うとか。おまけに見た目よりかなり力があって、腕相撲をしてみたら一瞬で敗北したときには呆然としてしまいました。
そんなこんなで一年が過ぎ、春美さんが数年ぶりに入院したというのを華澄さんから聞いたので、早く元気になるよう祈りつつ、無理をいってお母さんに付き添ってもらい華澄さんと共にお見舞いにいったのだが、その日の夜、母さんから「かなた、大切な話があるの。華澄ちゃんのお母さんは癌でもう長くはないの。それでね、華澄ちゃんのお母さんが亡くなったら、華澄ちゃんを支えてほしいって頼まれたの。これは絶対に華澄ちゃんに話しちゃダメよ。いい、分かった?」・・・何いってるの母さん・・ウソだよね・・春美さんが死ぬなんて・・その夜は茫然自失のまま眠ってしまい、翌日は母さんが気をきかせてくれて学校を休ませてくれた。後日に母さんいわく、「話には聞いてたけど、本当に華澄ちゃんのお母さんに心底惚れていたなんて。奏風には本当に申し訳ないことを伝えてしまった」と後悔していた。遅かれ早かれ知ることにはなるのだし、華澄さんとしては実のお母さんを亡くすわけなのだから、最愛の女性に託された以上、俺がしっかりしないといけないと決意し、翌日には学校へ行くのだった。
あれから日を経るごとに、華澄さんの雰囲気が段々と暗くなっていった。1、2年とも同じクラスではなかったので頻繁に話す機会はなかったのだが、印象に残っているのは、華澄さんの口から「お母さんはもう長くはないの。奏風くん、ゴメンね」と告げられたのと、お母さんの分まで長生きして、お母さんの分まで子供をたくさん産める体をつくるため、通常の水泳の訓練のあと、さらにアーティスティックの先生に毎日鍛えもらってるとのことだった。後々知ったのだが、華澄さんの通っているスイミングスクールは私立女子中学・高校が運営しているスクールで厳しくて有名なところだった。通常の水泳教室では物足りず無理をいってスクールのご厚意で両方受けさせてもらっているといっていたが、実はコーチ陣は常軌を逸した訓練をやめさせるため、あえて超厳しく指導し、休む暇を与えず、通称「拷問部屋」と呼ばれるトレーニング用の個室で全身の筋肉と心臓が悲鳴を上げるくらいに水泳と筋トレを交互に課したり、アーティスティックスイミングのオリンピック選抜選手でさえも悲鳴を上げる柔軟体操を拷問部屋で課したりしていたが、何度でも這いつくばってプールに向かう姿勢や、気絶するまで訓練する姿に逆にコーチ陣が根をあげたらしい。
俺より華澄さんのほうがつらいはずなのに、どうしてここまで頑張れるんだ?すでに亡くなった春美さんに託されているのに俺がこんなザマでどうする?男である以上、常に華澄さんより一歩前に出て、春美さんの忘れ形見を守れる男にならないと。それと同時に華澄さんの想い人である「星野食堂」の明という男が彼女の血のにじむ努力に見合う男かどうかも見極めないと。
空野奏風、いまだ小学4年生、遥か彼方で俺たちを見守ってくれているであろう春美さんに、華澄さんの幸せを見守る旨を改めて誓うのであった。




