薩摩悪役令嬢
「シマーズ・サツマ、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――!」
国中の貴族が集う煌びやかな夜会の最中。
サツマ公爵家の令嬢であるシマーズは、婚約者のデズモンドから、唐突にそう宣言された。
「デズモンどん、どういうことでごわすか? おいどんとデズモンどんの婚約は、先王様の決めた契りでごわす。約束ば違えるのは、上に立つ者として恥でごわすぞ」
「ええい、うるさいうるさいッ! 今の王はこの僕だ! 誰にも文句は言わせんぞ! 僕はもう、君みたいな粗野な女にはうんざりなんだ! 今後僕は、ジェイドと真実の愛を築くッ!」
「デズモンド様! 私、嬉しいです!」
「……」
男爵令嬢のジェイドが、デズモンドにギュッと抱きつく。
豊満な胸を押し当てられたデズモンドは、床に届きそうなくらい鼻の下を伸ばしている。
――先代の王の急逝により若くして王となったデズモンドは、邪知暴虐の限りを尽くしていた。
税率を20%も増加し、自身は朝から晩まで酒池肉林の贅沢三昧。
国民の王家への不満は限界まで達していた。
その挙句、今回のシマーズへの婚約破棄である。
来賓の貴族たちはいよいよこの国も終わりかと、固唾を呑んだ。
「やれやれ、前々からたわけ者だとは思うとったが、まさかここまでとは。つくづく呆れたでごわす」
「っ!? 何だとぉ!?」
「先王様に義理立てして今まで我慢ばしてきたでごわすが、そっちがその気なら話は変わるでごわす。――デズモンどんのようなろくでなしとの婚約、こっちから願い下げでごわす」
「貴様ァッ!! 神にも等しい王たる僕に向かって何だその口の利き方はァッ!! 不敬罪だッ! お前たち、この痴れ者を斬れッ!」
「「「……ハッ」」」
抜刀した近衛兵八名にたちまち取り囲まれるシマーズ。
「やれやれ、女子一人にこんな数を。王としての誇りはないのでごわすかデズモンどん?」
シマーズは腰に差している剣をゆらりと抜いた。
――それは代々サツマ家に伝わる、『刀』と呼ばれる独特の反りを持った片刃剣であった。
シマーズはそれを上段に構え、「コオオオオ」と呼気を整える。
シマーズから放たれる圧倒的なオーラに、近衛兵たちは一瞬たじろぐ。
「うるさいうるさいッ! あと前から言おう言おうと思ってたんだが、お前のその『デズモンどん』って呼び方イラッとするんだよッ! 僕の名前はデズモンドだッ! デズモンド様と呼べデズモンド様とッ!」
「やれやれ、うるさいはそちらでごわす」
「何だとォッ!!? ――お前ら、早くこいつを八つ裂きにしろおおおおッッ!!!!」
デズモンドの怒号と共に、一人の近衛兵がシマーズに斬り掛かる。
――が、
「キェエエエエエエッッ!!!!!!」
「「「っ!?!?」」」
『猿叫』というサツマ家が剣術を用いる際に出す絶叫で、近衛兵たちの身体は一瞬固まってしまった。
その隙を見逃すシマーズではない。
「チェストオオオオオオオオオッッ!!!!」
「ガハァッ!!?」
「「「っ!?!?!?」」」
ありったけのチェストと共に、向かって来た近衛兵を一刀両断してしまった。
噴き出した鮮血がシマーズのドレスを鮮やかに染め上げるも、シマーズは眉一つ動かさない。
「さあ、今ので実力の違いがわかったでごわすね? サツマ家は代々人を斬ることだけを生業とし、公爵家まで上り詰めた戦闘集団でごわす。近衛兵如き、物の数ではないでごわす」
「……くっ! だが、所詮相手は女一人だッ! お前たち、全員一斉に掛かるんだッ! 殺せ殺せえええッ!!!」
「「「……ハッ!」」」
デズモンドの指示通り、四方八方から一斉に斬り掛かる近衛兵たち。
――だが、
「チェストオオオオオオオオオッッ!!!!」
「ゲバアァッ!!?」
「「「っ!?!?!?」」」
シマーズはまず正面にいた近衛兵に雷のような速さで突撃してチェストし、素早く振り向いて残りの近衛兵を全員正面に見据えた。
こうなればもうこちらのもの。
「チェストチェストチェストチェストチェストチェストオオオオオオオオオッッ!!!!」
「グボアァッ!!?」
「バハアァッ!!?」
「ドグアァッ!!?」
「ザハアァッ!!?」
「ベホアァッ!!?」
「アンッ!!?」
残りの近衛兵も一人一人チェストし、瞬く間に八つの骸がシマーズの足元に転がったのである。
「そ、そんな……。たかが女一人に……」
「さて、と、次はお二人の番でごわすな」
「ヒッ!?」
「イヤァ!?」
シマーズに色のない瞳を向けられ、思わず尻餅をつくデズモンドとジェイド。
「リ、リチャードッ! お前ならこの女に勝てるよな!? 早くこの化け物を殺してくれぇッ!」
「……御意」
デズモンドに呼ばれシマーズに相対したのは、近衛騎士団長であるリチャード。
身の丈ほどもある大剣を小枝の如く軽々と持ち上げ、中段に構える。
「ふふ、これはこれはリチャーどん。おいどんも貴公とは一度手合わせ願いたいと思っておったでごわす」
そんなリチャードに対し、シマーズは得意の上段の構えで対抗する。
「……私はこんな形であなたと向かい合いたくはなかったですがね」
「すまじきものは宮仕えでごわすな」
「ええい、何をゴチャゴチャ言っているか!? 早くこの女を斬れ、リチャード!」
「……御意」
「――!」
刹那、突風の如く間合いを詰めるリチャード。
「キェエエエエエエッッ!!!!!!」
「むん!」
「ぬっ!?」
それに対し猿叫をぶつけるも、リチャードの剣筋は一切ぶれることはない。
シマーズの刀とリチャードの大剣が、火花を散らしながらぶつかり合った。
「チェストオオオオオオオオオッッ!!!!」
「むうぅん!」
「チェストチェストチェストオオオオオオオオオッッ!!!!」
「むんむんむうぅん!」
十重二十重に響き渡る剣戟の声。
両者の力は拮抗しており、よもやこの戦いは永遠に続くのかと思われた、その時――。
「――チェストオオオオオオオオオッッ!!!!」
「――むうぅん!」
「「「――!!!」」」
天高く飛び上がり振り下ろしたシマーズの刀を、リチャードの大剣が弾き飛ばした――。
「ハハッ! よくやったぞリチャード!」
「リチャード様カッコイイィ!」
勝利を確信し抱き合うデズモンドとジェイド。
――が、
「まだまだでごわすううううう!!!!」
「むおっ!?」
「「「っ!!?」」」
空中で無手となったシマーズは、重力を利用し全体重を掛けた頭突きをリチャードの脳天に浴びせたのである。
「……む、むぅ」
額から一筋の血を流し、その場に片膝をつくリチャード。
「……お見事。はは、生まれて初めて負けた相手が、あなたで光栄でした、シマーズ嬢」
「いやいや、リチャーどんこそ。おいどんをここまで追い詰めたのは、貴公が初めてでごわす。――それでこそ、おいどんの伴侶に相応しい」
「……な」
「「「――!!」」」
シマーズは片膝をつくリチャードに、自らの右手の甲をそっと差し出す。
「どうかおいどんと共に、この国を一から立て直そうでごわす」
「……ふふ、おもしろい」
リチャードはシマーズの右手の甲に、甘いキスを落とした。
「オ、オイ、待て!? どういうことだリチャード!?」
「ご覧の通りです陛下。あなたが王でいたままでは、早晩この国は腐り落ちてしまう。――たった今この時より、私はこのシマーズ嬢を、新たな王として祭り上げます」
「「「――!!!」」」
「なにィイイイイイイ!?!?」
「そ、そんな!?!?」
リチャードは立ち上がり、シマーズの肩に手を置き、高々にこう宣言した。
「我に続く者は声を上げよッ!」
「「「オーーー!!!!」」」
「なぁっ!?」
「ええっ!?」
デズモンドとジェイド以外の全員が、天高く拳を突き上げた。
「バ、バカな……!! そんなバカなああああああ!!!」
「いやああああああ!!!」
「さて、そういうわけでごわす、デズモンどん、ジェイどん」
「「……!!」」
うずくまって頭を抱える二人に近付き、部屋の掃除でも終えたみたいな済ました顔で二人を見下ろすシマーズ。
「お二人には潔くこの場で切腹するか、一から根性を鍛え直すために、向こう三十年毎日一万回木刀で素振りをするか、好きなほうを選ばせてやるでごわす」
「何その二択!?」
「勘弁してええええ!!!」
「ごわーすごわすごわすごわす!」
シマーズの高笑いが場内に響き渡る。
そんなシマーズのことを、リチャードは畏敬の念の籠った瞳で見つめていた。
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